一堂に会した酒席でどんな発言が場を盛り下げてしまうのか。渋谷で29年続くワインバー店主の林伸次さんは「特に中高年の男性が若い人に嫌われてしまう3つのパターンがある」という――。

※本稿は、林伸次『おじさんになっても』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。

笑顔の男
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おじさんが嫌われる3つのパターン

昔話ってしたくなるんですよね。わかります。

僕らは懐かしい話題をすごく楽しく感じるみたいです。

たとえば同窓会に行くと、「あのとき、こんなことがあった」とか「おまえ、実はこんな奴だったよな」みたいな昔話って、みんな盛り上がるじゃないですか。

あるいは、テレビや雑誌などの昭和特集でルービックキューブやガンプラが紹介されたり、当時人気だった歌手が往年のヒット曲を歌ったりすると、僕らはとても懐かしくなって盛り上がります。それは当時の体験を思い出して、「共感としての心地よさ」を感じることからくる楽しさなんですね。

でも若い人たちにしてみれば、昔話は別に懐かしくもない、どうでもいいことだったりします。僕も常々、渋谷でバーテンダーをしながら、チーマーとかガングロとか渋谷系音楽とかが流行った頃の話だけはしないでおこうと思っています。

僕はバーのカウンターで、おじさんのどういう昔話を嫌いだと感じるのか、若い人たちに聞いてみました。ここでは、おじさんが嫌われる昔話の特徴を3つ紹介します。

①「あれ俺がやったんだよ」

渋谷でバーをやっているせいか、「あのCMは俺が作ったんだ」「あのフェスは俺が運営してたんだよ」とか「あの建物には俺が関わってたんだ」みたいなことを話す人がとても多いんです。それなりの年齢になって、大都会のバーで飲んでいるくらいだから、みなさん何かしら自慢の「あれ俺(※あれは俺がやった)」があるみたいです。

でも実際は、名前がクレジットされている程度だったり、ちょっと関わっただけだったりする場合も少なくありません。

本当にすごい人は、そんなことをアピールしなくても、周りはみんな知っているんです。過去の「あれ俺」を自慢しなくても、今が十分立派なんです。

キムタクが飲み屋で「俺って昔、SMAPっていう有名なグループにいたんだよね」なんて自慢したりしないじゃないですか。そういうことです。昔の小さな「あれ俺」を言い続けるのはみっともないんです。

まさかの「『ダンチュウ』って何ですか?」

②「昔こんなのがあったけど知らないでしょ?」

「昔ポケベルっていうのがあって、数字を言葉代わりにしてたの。知らないでしょ?」っていう定番ネタがあるじゃないですか。でも、令和の時代に戦時中のモンペの話をして、「知らないでしょ」と若い人に話しかけても、「知らないです」と言われて終わりですよね。

「昔こんなのがあったんだけど、知ってる?」と、あなたがもし若い人に言っていたとしたら、きっと「つまらない話だ」と思われているかもしれませんね。

【図表1】営業に向いていそうな男性芸能人」ランキング
出典=レジデンシャルリース(調査対象:Z世代の男女307人)

僕のバーで出しているカレーが、以前「ダンチュウ」(雑誌)のカレー特集で紹介されたことがあります。

「料理を出しながらその料理を説明すると、お客様はより美味しく感じる」という法則があるんですね。たとえば「こちらのチーズはフランスのノルマンディー地方の」と説明すると、説明しないで食べるよりも美味しく感じるんだそうです。だから僕はカレーを出すたびに、「こちらのカレーは『ダンチュウ』のカレー特集で紹介されて」と言うようにしていました。

ところが最近、「『ダンチュウ』って何ですか?」と言われることが多いんです。最初は「え? ご存じないんですか?」なんて言っていましたが、あるとき気づきました。これは、僕たちが若いときに上の世代のおじさんたちが「ゲバ棒を知らないの? 最近の若者はものを知らないなあ」と笑っていたのと同じ構図だと。

当時、僕自身「なんでそんなの知ってなきゃいけないの?」と感じたはずなのに、今度は自分が同じことをしていたわけです。

それに気づいてからは、「『ダンチュウ』をご存じないんですか?」はもう言わないことにしています。

③「あの頃は良かった」

「昔はもっと人のつながりがあって良かった、最近はインターネットのせいで人間関係がギスギスしている」
「俺の若い頃はメールなんてなかったから、電話するか手紙を書くか直接会いに行くしかなかった。だから今より心と心で話すことができた」

そんな話を飲み屋で語るおじさんっているじゃないですか。

本当にそうでしょうか。考えてみましょう。

たとえば、恋愛の告白のシーンを想像してみます。

体育館裏で告白するなら、まず友達に頼んで相手を呼び出してもらい、目の前で「好きです。付き合ってください」と伝えなければいけません。相手の顔を見て気持ちを伝えるのは、まさに「心と心のぶつかりあい」だったはずです。

電話で告白するなら、相手の自宅の電話番号を調べるところから始まります。かけてみたらお父さんが出てきて、「いつも学校で親しくしている林と申します。今度のテストのことで絵里子さんに伝えたいことがあるのですが」みたいに大人びたやりとりも必要です。その場で電話を切られてしまうこともあったでしょう。

手紙で告白するなら、下駄箱でしょうか。みんながいない時間を見計らって下駄箱に行き、可愛い封筒や気の利いた文章、綺麗な字まで用意しなければいけません。

授業中にこっそりお互いにメモを渡す2人の学校の子供たち
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「昔は良かった」という話はつまらない

昔は、何もかもが大きなイベントだったんです。おじさんが「昔は良かった」とノスタルジーたっぷりに語りたくなる気持ちも、わからなくはありません。

林伸次『おじさんになっても』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
林伸次『おじさんになっても』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

たしかに、メールやメッセージ、SNSの出現によって失われたものもあるかもしれません。でも同時に、良くなったこともあります。

インターネットのおかげで、日本にいたら出会えなかったはずの世界の裏側の人と知り合い、メッセージをやりとりし、それがきっかけでリアルに会えることもあります。

以前ならクラスで浮いていた「変わった趣味」も、SNSでは同じ趣味の人と出会えて、それが仕事につながることさえあります。実際、今の若い人たちの多くは、学生時代にSNSで知り合って仲良くなり、付き合い始めたという話をよく聞きます。

「あの時代が良かった」こともあれば、「現代のほうが良い」こともある。結局、どの時代にも、どの世代にも、その人たちならではの楽しさがあるんだと思います。そして若い人たちは、インターネットがなかった世界をリアルには想像できません。

だから「昔は良かった」という話は、彼らにはただつまらないんですね。