読書を“かっこいい”習慣にする
私は講演会などで、「子どもに本を読ませたいけど、どうすればいいか」と質問を受けることがたびたびあります。その際に、必ず伝える、もっとも簡単で確実な方法があります。
家庭の中で読書を“かっこいい”と思える習慣にしてくださいということです。
大半の子は、親から「~を読みなさい」と命令されたところで、読む気にはならないでしょう。反抗期の子に至っては、「面倒」「うざい」と言い捨ててきます。
これは、読書だけでなく、「~を食べなさい」「~を片づけなさい」「~の勉強をしなさい」などあらゆることにおいても当てはまります。思春期の子が、大人の一方的な指示に「はい」と素直に従うことのほうが珍しいのです。
では、どういうふうに働きかければ、子どもは言われた通りにするのか。
答えは、子どもにとって、それをするのが“かっこいい”と感じられる環境を整えることなのです。
子どもは、大人から「やれ」と言われても煙たがりますが、自分が“かっこいい”と感じることについては、言われなくても即座にやります。友達の間でスマホを持つのが“かっこいい”という空気があればほしがりますし、推し活でグッズを揃えるのが“かっこいい”という空気があればお小遣いを注ぎ込みます。
彼らはそれをすることによって、コミュニティの中で“かっこいい”自分になりたいのです。
親が家庭でつくる「かっこいい」の文化
思い出してみてください。いまの中高生はほとんど煙草やお酒について興味を持ちませんが、30年前は大勢の子たちが隠れてやっていましたよね。当時は煙草を吸ったり、お酒を一気飲みしたりするのが、“かっこいい”という文化があったからです。
ところが、その文化が衰退したいま、子どもたちはそれらに見向きもしなくなりました。“かっこいい”の文化があるかどうかは、それだけ子どもの行動を変えるのです。
では、子どもたちの“かっこいい”はどこで生まれるのでしょう。
基本的には三つ。「家庭」「学校」「友達グループ(SNSなどネットのグループも含む)」の価値観です。それらのコミュニティの中にある文化が“かっこいい”を生み出し、子どもたちの行動を決めるのです。
親には、学校の文化や、友達グループの文化を決めることはできません。しかし、一つだけ関与できるところがあります。家庭の文化なら、親の取り組みによっていかようにも作り出せるのです。
親がテニスやマラソンが得意で時間を見つけては練習し、いろいろな大会に出場してメダルを取っていたとしましょう。子どもは幼い頃からそれを見たり、やり方を教わったりします。そうすれば、家庭の中にスポーツ=かっこいいという文化ができ上がります。そういう家庭で育った子どもは、自然とスポーツマンになっていきます。
学習も同じです。親が英語を使う仕事をしており、外国人を家によく招いて食事会をしていたとします。子どもがそういう姿を日常的に見ていれば、自ずと英会話=かっこいいという文化ができ上がり、語学や外国の文化に興味を抱きます。
「モデリング効果」で伸ばす語彙力
読書についても同様なのです。子どもが読書をするかは、家庭の中に、読書=かっこいいという文化があるかどうかなのです。実際に、私のまわりの作家や編集者の子どもたちはほぼ例外なく、本を当たり前のように読みますし、その量は全国平均をはるかに上回っています。
これは心理学用語で「モデリング効果」と呼ばれるものの一つです。
家庭の中で、親は子どもにとってのモデルです。それゆえ、親がやっていることを、子どもは無意識のうちに真似したり、同じ価値観を持ったりするようになるのです。
もし子どもに本を読ませたければ、親自身が毎日のように本を読み、大きな棚にたくさんの蔵書を揃え、会話の中でそこで培った教養を話してみてください。
そうすれば、子どもは自然と読書をし、それについて語りだすはずです。こういう子は〈ことばの力〉がどんどん伸びていき、ひいてはそれが学力の向上にもつながります。
本は大人と肩を並べて会話できる「道具」
一例を出せば、私が仲良くしている、ゲーム開発の仕事をしている男性がいます。彼の妻はキャラクターデザインの仕事をしています。
この家には夫婦の仕事がらゲームがたくさんありますが、共に読書家でそれ以上に本が溢れています。リビングの本棚だけで1000冊以上はあるはずです。そして夫婦の話はもっぱら本についてでした。
私は年に一度のペースで、この家の食事会に招かれていました。夫婦には一人息子がいますが、ゲームはほとんどせず、両親同様に読書に夢中になっていました。そして私が行くたびに「僕はこの作家が好きなんだ。石井さんも読んだことある?」とか「石井さんは何年生のときにこの本を読んだ?」などと話しかけてきました。毎回驚かされるのは読む本の質の高さでした。
家を訪れるたびにこの息子と話していて感じたのは、彼にとって本の話をするのが一種のステイタスになっていることでした。本を読むことがかっこいいと思い、自分の読書量に自信を持っているからこそ、堂々と私にもその話をすることができる。
彼にとって本は自分を成長させ、大人と肩を並べて話ができる道具だったのです。
「本を読みなさい」より有効な導き
彼のことでおもしろいのは、親は一切「勉強しろ」と言うことがないのに、塾へも行かずにコツコツと勉強し、成績が優秀だったことです。本を読んでいるうちに、自然と歴史や地理や英語や古文が好きになったといいます。
そして彼は自分の好きな作家が通っていて、作品にも出てくる難関大学へ進学を果たし、いまは建築に夢中になっているそうです。
このように、たとえ親がゲームの開発に携わっていて、家でも好きなだけゲームができる環境があったとしても、家の蔵書量や親の振る舞い方一つで、子どもは読書に夢中になり、そこから自分なりの人生を築いていくものなのです。
つまるところ、親が子どもに本を読ませたければ、親自身がスマホを置いて、毎日30分でも1時間でも本を読み、それによって手に入れた教養を親子の会話の中で普通に話していればいいのです。
逆にその習慣がなければ、親がいくら「本を読みなさい」と言ったところで、なかなか聞き入れようとしない。
文部科学省が出した次のような調査の結果は、そのことを如実に示しています。
家庭の蔵書数と学力の関係性
例年、全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果を受けて、文部科学省が学力と読書の関係性を分析しています(図表1)。
結果から述べれば、家庭における蔵書数が多い子どもほど、テストの正答率が高かったことが明らかになりました。それが図表1です。
家庭の蔵書数が、子どもの学力に大きな影響を及ぼすことがわかると思います。
