欧州の小国リヒテンシュタインは、これまで男性に限っていた君主の継承資格を性別にかかわらず第1子優先に改めると発表した。皇室史に詳しい島田裕巳さんは「同国のアロイス皇太子には長男がいる。それでもこの改正をしたことは、将来を見据えての改革といえる」という――。
首相当時、ダボス会議に出席した麻生太郎氏(2009年)
首相当時、ダボス会議に出席した麻生太郎氏(2009年)(写真=World Economic Forum/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons

「女性の継承排除」を改正した欧州の公国

未来のことを考えるのか、それとも過去にこだわるのか。ヨーロッパのリヒテンシュタインと日本では、今回その点で大きな違いが生まれた。

リヒテンシュタインは、オーストリアとスイスに挟まれた小国で、公用語はドイツ語である。「リヒテンシュタイン公国」と名乗り、国家元首はリヒテンシュタイン公である。

リヒテンシュタインでは、これまで公位継承は男性に限られ、女性は継承から排除されてきた。その変更が、8月15日の建国記念日に発表され、将来の世代について「男子限定の長子相続制」から、「絶対的長子相続制」へと改められた。

つまり、今後生まれる世代については男女の別を問わず、「長子」が公位を継承することになったのだ。

ヨーロッパにある王室では、その方向へと王位継承制度が改められてきた。これまでリヒテンシュタインは、女性を継承から排除する制度を維持してきたが、今回それが変更されたのである。

ヨーロッパで、男子優先の制度を依然として続けている君主国はスペインとモナコだけになった。ただ、いずれも男子の継承者がいなければ、女子が君主位を継ぐことが認められている。実際、スペインの次代は、現国王の長女であるレオノール王女が継ぐことになっている。

君主位に最もふさわしい「直系長子」

なぜ、リヒテンシュタインで改革がなされたのだろうか。

それは、スペインのように男子の継承者がいなくなったからではない。国家元首はハンス・アダム2世公だが、2004年から国家元首としての職務を長男のアロイス公世子(皇太子に相当)に委ねている。そのアロイス公世子には、1995年生まれの長男、ヨーゼフ・ヴェンツェル公子がいる。現行の継承順位では、アロイス公世子に次いでヨーゼフ・ヴェンツェル公子が公位を継ぐ立場にあり、女性君主が生まれると見込まれているわけではない。

それでも、改正がなされた。それも、この改正が、将来を見据えての「改革」だからだ。アロイス公世子はその点について、「この(公としての)責任に対して最も準備された人物によって導かれることを確実にしたい」と語っている。

最も準備された人物とは、公位を継ぐ家系に生まれた「長子」ということになる。日本の天皇家でいえば、愛子内親王がそれにあたる。

日本でも今回、皇室典範の改正ということで改革が行われたが、その中心となる旧宮家からの養子案は、それとは根本的に異なり、過去に戻ろうとするものである。

戦前に戻るかのような改正皇室典範

10月に施行される改正皇室典範は皇族数の確保を目的としているものの、旧宮家の人々が皇籍を離れてから、すでに80年近い歳月が流れている。

その最初の世代は、皇族であった時代を幼い頃に経験しているかもしれないが、それ以降は、すでに2代か3代にわたって一般国民としての生活を送っている。

旧宮家の人々が皇族であったのは、はるか昔のことである。そうした人々が改正にあたって持ち出されてきたのは、あたかも戦前の体制に戻るかのようである。そこに、未来を感じさせる要素は少しもない。

皇室典範の改正において中心的な役割を果たしてきた自民党副総裁の麻生太郎氏は、リヒテンシュタインの改正報道について、どのように考えることだろうか。

リヒテンシュタイン公国のアロイス公世子(2018年)
リヒテンシュタイン公国のアロイス公世子(2018年)(写真=Bundesministerium für Europa, Integration und Äußeres/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

麻生氏は、「日本とヨーロッパでは事情が違う」と考えるかもしれない。

だが、日本の皇室は、ヨーロッパの王室と密接な関係を結んできた。アジアにも王室はあるが、近代以降、ヨーロッパの王室を日本はそのモデルとしてきた。いまや、天皇や皇族がヨーロッパを訪問した際には、王位(皇位)継承をめぐる違いについて内外で報じられてもいる。ヨーロッパにおける変化は、決して日本と無関係ではないのだ。

早くも失敗が見込まれる「養子案」

麻生太郎氏は、それについて困惑しているかもしれないのだが、改正皇室典範の施行が2カ月後に迫るなか、旧宮家からの養子案は早くも失敗の可能性が出てきている。

何より、養子案は国民の支持を得られていない。養子案を強く支持してきた産経新聞の7月の調査では、賛成が反対を大きく上回ったものの、毎日新聞の6月の調査では、反対のほうが賛成よりも多かった(毎日新聞6月22日付)。

しかも、改正案成立以前に、かなり重要なことがあった。今上天皇は、6月にオランダ・ベルギー両国を訪問するに先立って行われた記者会見で、それが「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と語った。この発言については、天皇が養子案に賛同していないものとも受け止められている。なぜなら養子案について、国民の十分な理解が得られていたとは言い難いからだ。

さらに秋篠宮は、8月13日、パラグアイ訪問を控えての記者会見で、改正皇室典範について問われ、「先般、天皇陛下が話されたことももっともだと、その通りだと私は思っています」と語り、天皇と同意見だということを表明した。しかも秋篠宮は、女性皇族の役割について聞かれた際に、「私は女性、男性の区別というのはないというふうに考えています」とも語った(朝日新聞8月13日付)。この発言は、皇位継承のことについても、女性を排除しないことに通じるものである。

「根回し」が足りなかった政治家

改正皇室典範が成立した後、宮内庁の長官は、天皇や皇族にその趣旨を説明している。だが、少なくとも事前に改正案が天皇や皇族の了承を得たものでないことが、天皇や秋篠宮の発言からうかがえる。

たしかに、今の社会で「根回し」は、古くさいやり方とみなされているかもしれない。だが、皇室典範の改正という天皇や皇族にとっての最重要事項について、政治家の側が十分な根回しをしなかったことは、明らかに不備である。

天皇や皇族が改正案をどうとらえるのか、果たして麻生氏は事前にそれを予想したのであろうか。予想していたのであれば、強引にそれを通すようなやり方はとらなかったはずだ。

実際、あまりに強引だったという印象が、明らかに尾を引いている。法案の中身も問題視されるものだが、その改正過程が強い批判を生んでいることも間違いない。

天皇や皇嗣こうしである秋篠宮が、今回の皇室典範の改正、とくに養子案に対して納得していないのであれば、他の宮家がそれに逆らってまで「養親」となることは難しい。それほど、天皇や皇嗣の立場は重い。国民全体が納得できる内容と進め方であったのならば、状況は大きく違ったであろう。

あっけなく潰えた麻生氏の野望

かつて総理大臣の座を射止めたにもかかわらず、民主党に政権を奪われた麻生太郎氏には、戦後の皇室制度を大きく変える皇室典範改正という大事業は、手に余るものだったようだ。

しかも、である。

今回の改正によって、女性皇族の皇族費が増額されたが、すでに〈悠仁さまでも養子でもない…島田裕巳「皇室典範改正後の"麻生太郎の親族"に国民が抱く強烈な不公平感」〉で述べたように、その恩恵を受けるのは今のところ、三笠宮家の当主となった彬子女王だけである。彬子女王は、麻生氏からすれば、姪にあたる。

なぜ、彬子女王だけが優遇されるのか、にわかにそうした批判が巻き起こった。

令和の御大礼における彬子女王殿下(2019年)
令和の御大礼における彬子女王殿下(2019年)(写真=首相官邸 from YouTube/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons

こうして養子案は、改正が施行される前段階で、すでに前途多難なものとなった。養子案が麻生氏の魂胆に基づくものであるなら、その野望はあっけなく潰えたといっていい。

なぜなら、改正皇室典範が施行され、宮内庁が旧宮家を訪れ、養子となるかどうかの意向を尋ねても、どこからも養子は現れないと見込まれるからだ。皇族の生活が相当に窮屈なもので、一般国民として生まれた人間にはハードルが高すぎるからでもあるが、天皇や皇嗣が賛意を示していないことは決定的である。

愛子さまに皇位継承資格を与える選択

養親となる宮家の側も事情は同じで、養子を簡単に受け入れるわけにはいかない。天皇や皇嗣が賛同していない案件に、他の皇族が乗り出すのは極めて難しい。

こうして養子案が失敗に終わるのであれば、次を考えるしかない。養子案を推し進めてきた保守派には、次の手はまったくない。あるとすれば、旧宮家の人間を直接皇族にするやり方だが、それは養子案以上に強引な方法である。

保守派の手が尽きたとすれば、リヒテンシュタインのように絶対的長子相続制へ移行するしかない。女性天皇だけではなく、女系天皇への道を、将来に向けて開くのだ。

折しも、愛子内親王は、8月17日に都内で開かれた「第37回半導体物理国際会議」に出席し、挨拶をした。事前に、半導体テクノロジーの第一人者である東京大学の荒川泰彦名誉教授からご進講を受けているが、大学で和歌を研究した愛子内親王と半導体では、ずいぶんと距離があるようにも思われる。

しかし、現代のデジタル社会において、半導体の重要性は高まっている。この会議が日本で開かれるのは、2000年の大阪大会以来26年ぶりである。国際会議として重要であり、だからこそ、天皇家の長子である愛子内親王が出席し、挨拶したのだ。そこに、「天皇直系の長子」の重みがある。

第37回半導体物理国際会議の会場に到着された愛子さま=2026年8月17日午前、東京都新宿区(代表撮影)
写真提供=共同通信社
第37回半導体物理国際会議の会場に到着された愛子さま=2026年8月17日午前、東京都新宿区(代表撮影)

改革を進めるならば、「天皇の第1子」に男女を問わず、皇位継承資格を与えられるようにすべきである。

それこそが、未来を志向する改革である。そうした改革がなされたとき、それを象徴する愛子内親王がヨーロッパを訪れ、各国の王室と交流を深めるなら、女性を差別する傾向が残っているとされてきた日本に対する評価も、大きく変わるに違いない。