子供の言葉の力を高める方法は何か。『「ことばで伝える」ができない子どもたち 誰が〈ことばの力〉を育てるのか』(日本実業出版社)を出したノンフィクション作家の石井光太さんは「親が丁寧で細かな言葉遣いをする家で育った子は自然と同じようになるが、親が乱暴な言葉で話す家で育った子はその真似をする」という――。
水族館の子共
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誰にでも簡単にできる語彙力アップ術

子どもが保育園や幼稚園の年長くらいの年齢になって、ある程度会話ができるようになったら、大人はなるべく細かな表現で子どもに語りかけるべきです。

まわりの大人が豊かな語彙を使うほど、子どもの語彙に良い影響を及ぼすためです

親が丁寧で細かな言葉遣いをする家で育った子は自然と同じようになりますが、親が乱暴な言葉で話す家で育った子はその真似をします。

たとえば動物園へ行ってクジャクを見て、親が「うわー、あの羽デカっ。マジやばいわ」と言っていたら、子どもも「でかい」「やばい」といった粗い言葉でしかクジャクを見ないし、認識しないでしょう。

では、どうすればいいのでしょうか?

私が園と行なっているプロジェクトの中で推奨している、誰にでも簡単にできる方法があります。会話の中で「イ形容詞」を使わないようにするのです

「やばい」「きもい」が会話を雑にする

イ形容詞とは、いで終わる形容詞のことです。

「おもしろい」「寒い」「大きい」といった言葉ですが、本書でいう大人が避けるべきイ形容詞とは、最近の若い人たちが頻繁に口にする粗い言葉――「やばい」「すごい」「怖い」「えぐい」「えもい」「きもい」といったものです。

会話をする上で、イ形容詞は物事を表すのにとても便利な言葉なのですが、欠点は大雑把にしか表せないことです。なんでもかんでも粗いイ形容詞を用いて表現すると、会話の内容が雑になってしまいます。

だからこそ、子どもと豊かな語彙で会話をしたいなら、粗いイ形容詞を使うのを避ければいいのです。

どのようにすごいのか、どのようにえぐいのか、どのようにきもいのか。粗いイ形容詞を別の言葉に置き換えるだけでずっと解像度の高いコミュニケーションが取れるようになります

子どもは大人の言葉を使おうとする

先ほどのクジャクの羽の例で考えてみてください。

もし「あの羽デカっ。マジやばいわ」の「でかい」「やばい」を別の言葉で置き換えたらどうなるでしょう。

たとえば次のように表現します。

「クジャクって自分の体よりはるかに大きな羽を持っているんだね。しかも一本の羽の中にも金や緑や青などいろいろな色があって、見る角度によって別の光り方をしているよ。まるで宝石みたい。羽にいくつもある目の形をした模様は、敵を脅かしたり、メスに『好き』って伝えたりするためのものなんだってさ。美しいだけじゃなく、生きるために必要なものなんだね」

こう言われれば、子どもはクジャクの羽根を一本一本丁寧に見ようとしますし、大きな羽根を持つことが生存戦略につながっていることを理解します。何より、大人と同じくらいの言葉でそれを語ろうとする。大人が細かな言葉で語れば、子どもはそれだけ細かく思考し、表現するようになるのです。

オスの孔雀
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「イ形容詞を避ける」のはプロの文章作法

実は、イ形容詞を別の言葉に置き換えるというのは、プロの作家が必須とする文章作法の一つなのです。特に小説やエッセイの世界では絶対条件の一つです。

プロの作家は、作中で「あの山は美しかった」とか「彼は悲しんでいた」なんて表現はしません。こうした粗い表現では、読者の心の深いところに届かないからです。

だから、プロの作家は「美しい」とか「悲しい」といったことを、もっと細かな別の言葉で表現しようとする。たとえば、「山は春の暖かな夕映えをまとって輝いていた」とか「彼は地にひれ伏し、声なき声で慟哭した」といった表現です。頭を悩ませながら、その表現を探し当てるのが、執筆という行為なのです。

程度の差はあれど、これは会話にも通じることです。イ形容詞を避け、細かな言葉で語りかけることができれば、その言葉を受けた相手は物事を微細に把握し、その次元で思考し、表現しようとします。

むろん、会話でイ形容詞をすべて排除するのは不可能です。なので、先に述べたように安易に口にしがちな「やばい」「えぐい」「えもい」といった粗いイ形容詞を別の言葉に置き換えるように心がけてみてはいかがでしょうか

これをするだけで、間違いなく親子の会話はずっと豊かなものになるはずです。

会話を客観視できる「親子の会話メモ」

保育園や幼稚園に勤める先生は、日々子どもの言葉の成長をリアルタイムで見ています。それゆえ、家庭環境によって子どもたちの〈ことばの力〉が強くもなれば、弱くもなる現実を嫌というほど目にしています

石井光太『「ことばで伝える」ができない子どもたち』(日本実業出版社)
石井光太『「ことばで伝える」ができない子どもたち』(日本実業出版社)

ただ、多くの先生は、家庭に原因があると感じていても、保護者との関係を悪くしないようにそれを言葉にして指摘することはほとんどありません。

それでも、私が知っているいくつかの園では、入園前にきちんと子どもの成長を最優先していることを理解してもらい、〈ことばの力〉を伸ばすために家庭にさまざまな働きかけをするようにしています。

そうした園の一つで行なわれていて、明らかに効果が現れると感じる取り組みが、「親子の会話メモ」です。

園が配布しているのが図表1のようなメモ用紙です(図は記入例)。それに、印象に残った親子の会話をメモしてもらいます。左側に親が発した言葉、右側に子どもが発した言葉を書き、どのようなやりとりだったかを文字にします。

親はそれを完成させると、言葉のやりとりを見直して、感想を書きます。子どものことを考えて声かけができていたか、それに対して子どもは何を考えて答えていたか、ここから言語による新たな思考が生まれているか……。

園長もそれを読んでコメントを記します。親のかけた言葉をほめたり、子どもの成長を喜んだり、改善策を提案したりするのです。

会話を客観視することの大切さ

どうしてこのような手間のかかることをするのでしょうか。

女性の園長先生は次のように話していました。

親が頭の中でちゃんと子どもの気持ちを引き出したと思っていても、現実にはそうでないことはあります。子どもがしっかりと受け答えしていると思っても、型通りの返事をしているだけのこともあります。

家族の対話を文字にすれば、そうしたことが目に見える形で明らかになるだけでなく、どのように言葉がけをしたらいいのかがわかります。それが親子の対話の質を高めるだけでなく、親子関係をも良いものにしていくのです。

定期的にこれをやると、最初は面倒だと思っている親も、次第にその効果を実感し、進んでメモをするようになっていきます。

園長先生が指摘しているのは、自分の会話を一歩引いたところから客観視することの大切さです。これをしっかりとやっている家庭と、そうでない家庭とでは、子どもの会話や思考に明確な違いが出てきます。