※本稿は、トレオレル美智子『フランス人の気楽な働き方全力の休み方』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
「順番の待ち方」フランス流vs.日本流
日本人は、「順番を守る」「きれいに列に並ぶ」ことを世界中から高く評価されている。SNSでは、日本人が駅や飲食店などできれいに列をなしている写真や動画がよくバズっている。
では、フランスではどうなのか?
確かにフランスには、日本のような長い行列は存在しない。彼らにとってみれば、「長時間立ったまま動かず待つ」だなんて、考えられないのだろう。だが、それは、「順番を尊重しない」「無視している」というわけではない。実はそこには、日本人が体験したことのない「フランス流順番の待ち方」が存在している。
私が暮らす街には、日本人どころか、外国人すら滅多にいない。そのため、明らかに外見からして外国人である私に対して「どこの国から来たの?」と尋ねられることは日常茶飯事だ。
フランス人の老若男女から
「あなたは、どこの国から来たの?」
と聞かれて、私が、
「日本です」
と答えると皆さん、とても驚かれると同時に、喜んでくださる。
「日本に行ったことがない」「日本人に会ったことがない」と言う人がほとんど。そうなると、もうこの瞬間から私は、その人にとって「日本人代表」となる。つまり、私の行動や言動から「日本人ってこうなんだ」という印象を残していく。私はこの経験をするたびに身が引き締まる思いで、日本のイメージを崩さないよう心掛ける。
自分の順番がわからない!
ある日、日本人としてのイメージを守ろうと努める私が、太刀打ちできない事態に遭遇する。それは、日本には存在しない、日本人にはやり方がわからない、フランス流の順番待ちシステムにぶち当たったときのことである。
用事があって役所へ行ったときのことだった。私たちの住む街の役所では、日本のようにあらゆる部署に分類されているわけではなく、一人の役員が一つのデスクで全用件を受け付けている。そのため、私以外にも何人もの人が訪ねてきて、順番を待っていた。
窓口が「部署に分かれていない」というだけでも驚きだが、それだけではない。そもそも、受付というものがないのだ。外から入ってくると、いきなりそこが待合室となっている。そして、自分の順番がくると、奥の扉を開けて入室し、用件を受け付けてもらえるという仕組みだ。
こんなとき、私は身を引き締める。日本人として悪い印象を残さないよう、順番を尊重しようと心掛ける。だがしかし……、ここに難関があった。
なんと、自分の順番がわからないのだ。
着いた者から名前を書くような紙もない。整理券や番号があるわけでもない。それなら並ぶしかないと思うのだが、列もない。
そうか、スーパーのレジではなく待合室なのだから、並べられている椅子に、来た順番に座っているのだろう。日本のレストランに並ぶときによくある、椅子に座って並ぶ仕組みを思い出した。そう思って確認してみたのだが、椅子はバラバラに空いているし、順番が来て部屋に入っていく人も、後から来た人も、あちこち好きな場所に座っていた。
順番を守りたいのに、そもそも順番が把握できない。これでは、どうやって順番を尊重すれば良いのか? どうやって順番を守ればいいのか、わからない。私は不安を抱えたまま、とりあえず入口から一番近くの席に座った。
自分の順番をまわりに教えてもらう
奥の部屋から用が済んだ人が出てくると、待合室の中の一人がすっと立ち上がって部屋へ入っていく。誰に促されるわけでもないし、その人が進んだところで誰にとがめられているわけでもない。なぜかその人は、自分の順番をしっかり把握しているのである。
待っているのは、全体で10人ほど。私より先に来ていた人が、一人、二人と用が済んで帰っていき、それと同時にまた私の後にも次々と人がやってきて、右に左にと好きな場所に座る。待合室のメンバーは、入れ替わっていく。私は自分が何番目なのか、わからなくなってしまった。
しばらくすると、50代くらいの白髪交じりの男性と、40代くらいの眼鏡の女性が揃って、
「ほら、あなたの番よ」
と私に声をかけ、部屋に入るよう促してくれた。
「なんでわかるのだろう」と思いながらもお礼を述べ、慌てて扉を開けた。
どうしてみんな、順番が把握できているのだろう。フランスで子どもの頃からこの体験を当たり前にし続けていれば、これができる能力が身に付くのだろうか?
まったく見当もつかないまま、混乱しながら用事を済ませ、帰宅した。
並ばない待合室方式で、頭がパンク寸前に
実はこの、並ばない待合室方式は、役所だけでなく、あらゆる施設で採用されていた。この不便な方法は珍しいわけでなく、なんとフランスでのスタンダードだった。
私はこの「並ばない待合室方式」にぶち当たるたびに
「あー、まただ、どうしよう」
と苦痛に思った。だがこれがここのスタンダードなのだから、仕方がない。毎回皆さんに順番を教えていただくわけにもいかないので、なんとか順番を把握できるように頑張った。
私が試みたのは、この方法だ。
まずは、到着した時点で、誰が私より前に到着していたかを覚える努力をする。私は、服の色と番号をセットにして、記憶することにした。
1番はピンク、2番は青、そして3番は茶色とクリームで、4番は……、そう頭の中で唱えている途中で、1番のピンクが部屋に入ってしまった。
そうなると、頭の中の情報をすぐさま更新しなければいけない。青が1番になって、2番が茶色とクリームでと記憶し直す。
おっと、まだ色と番号の情報を頭の中で更新し終わっていないところで、新たに青い服の人が入ってきてしまった。しかもその新たな青い服の人は、1番の青と2番の茶色クリームの間に座ったではないか。これは、ややっこしい。青が被っている上に、私よりも順番が後である新入りが、かなり先の方の人たちの中に混ざって座っている。
このように私の頭の中は、いつもうまくいかないまま失敗に終わった。そうして私にとって、この並ばない待合室方式は、いつまで経ってもクリアできない課題となっていた。
「並ばない待合室」でなぜ順番把握できるのか
フランスの順番待ちがトラウマになりかけていた頃、私はついに、どうしてフランス人があの「並ばない待合室」で順番を把握できているのか、答えを見つけることができた。
それに気づくことができたのは、意外にも、フランス人が順番待ちで列をなす場でのことだった。
多くの施設が「並ばない待合室方式」を採用しているフランスにも、並ぶ場面はある。例えば、スーパーのレジだ。あそこは、日本と変わらない。ただ単純に並べばいいので、この列に並ぶという時間は、もう順番を覚えようなどと頑張らなくても良い。私にとって、休息の時間ともなった。
自分の前に誰がいて、後に誰がいるかなど、覚える必要がない。ただ前の人が終われば、自分の番になるだけ。
だがこのシンプルな方式の中でも、フランスでは頻繁にあるが、日本ではあまり見かけない習慣があるのだ。
スーパーのレジに並んでいると、「どうぞ、先に行って」と、前の人から順番を譲られることがある。これは珍しくはなく、日常でよく見かける光景である。優しさにあふれていて素敵だなとは思うものの、どうしてそんなことをするのだろう、順番は順番ではないのか? といった疑問が残っていた。
「長年の疑問」が解消した瞬間
そんなある日のこと、私にこの疑問を解消するチャンスがやってきた。
ある日、私が夫とスーパーのレジに並んでいた際、夫が私たちの後に並びにやってきた40代くらいの男性に、
「お! 先にどうぞ、どうぞ」
と言い順番を譲ったのだ。
男性は笑顔で、
「あぁ~、ありがとう!」
と、私たちの前へ入った。彼らにとってはごく自然なことで、スムーズである。
私はここで、長年の疑問を解消すべく、夫に質問をした。
「どうしてあなたはさっき、あの人に順番を譲ったの? いや、責めているわけではなくて、純粋に知りたいだけなのよ。日本では、あまり見ない光景だなと思って」
こんな質問をされるのは、珍しいことだろう。しかし夫は、私が日本との違いを知りたがっているとなると、張り切り出すのだ。
今回も例に漏れず、ニコッと微笑んだ後、うれしそうに答えてくれた。
「彼は、サンドイッチと飲み物のみを持っていただろ? それに比べて僕たちは、カートにたくさんの商品を入れて待っている。サンドイッチと飲み物の会計なんて、10秒もあれば終わるだろう。それなら、先に通してあげたって、僕たちにはたいして変化はない。それに、サンドイッチと飲み物のみという様子を見ると、きっと仕事が長引いて昼食をとる時間が短くなってしまって、慌ててお昼を済ませようとしているのかもなって、そんなことも想像するんだよね。少しでもその助けになれたなら、うれしいじゃないか」
私は気づいていなかった。後ろで順番を待っている人が、どれくらいの量の商品を持っているか、何歳くらいのどんな人か、そんなことを気にかけたことはなかった。
私はここで、ハッとした。私はあの並ばない待合室でも、そこで待つ人がどんな人なのか、見ていなかったのだ。
待合室での「並ばない方式」の順番待ちも、スーパーのレジでの「並ぶ方式」の順番待ちでも、私とフランス人たちでは、見ているところが違った。
順番は、「番号」ではなく「人」である
ここには、順番を待つ際の認識の仕方の違いがあった。
私は今まで、順番は「番号」だと思っていた。すでに私の前に3人がいれば、私は4番目。一人順番が来たなら、私は3番目に繰り上がる。
だが、フランス人は、そうは見ていない。
誰が自分の前にいて、誰が自分の後にいるのか。
その人たちは、どんな様子か。
どんな生活スタイルをしていそうで、余裕を持って待てそうか、もしくは急いでいそうか。
話しかけやすそうか。
何か困っていないだろうか……。
フランス人は順番を待つとき、自分が「何番目にいるのか」という「番号」ではなく、「どんな人たちがまわりにいるのか」という「人」で見ていたのだ。
私はこれに気づいてから、順番を待つ際には「番号」ではなく「人」を見ることに意識を置くようになった。
フランス人は、常に人を見て、人と出会えること、人と一緒に時間を過ごせることを喜んでいる。そしてその中で、ちょっとした優しさを見せて互いに笑顔になったり、ふと冗談を言い合ったりすることが大好きだ。
順番を待つ時間。ただひたすら数字が減ることのみに集中していても、つまらなく、時間を長く感じるだけだ。
どうせ待つなら、ちょっと心を元気にしてみよう。自分もまわりも幸せにする。また今日も、フランス人の楽しい人生の秘訣を見つけたな。
