亜由美さんと香織さんは高校の同級生。2人とも会社員と結婚、ここ数年は子育てで忙しくてなかなか会えなかった。今日は久々にランチを食べながら近況報告――。
亜由美さん「子どもが小学生になったから、去年からパートに出ているの。夫の扶養を外れると損だから、年収103万円以下になるように今月は仕事を減らしたのよ」
香織さん「私は家で小さな料理教室を開いているの。収入は月に5万円ぐらいで、103万円なんてとても無理。税金なんて関係ないわ」
ここでチェック! 2人の言うことは正しいのだろうか?
パート年収103万円を超えると所得税を払う
パート主婦の間に広く知られているのが「年収103万円の壁」。これを超えると夫の扶養から外れるので損、とされている。そこで、亜由美さんのように、12月になると仕事を減らして年収が103万円以下に納まるように調整する主婦は少なくない。では、この103万円にはどんな意味があるのだろう?
一言で言えば、103万円とは給与収入に所得税がかかるか否かのボーダーライン。ポイントは「必要経費」と「非課税枠」の2つだ。
所得税は「所得」にかかる税金だ。だが、この「所得」は「収入」のことではない。税金の世界では、「収入」から「必要経費」を引いたものを「所得」という。つまり、「所得」はいわば“純粋な実入り”といったところ。会社員やパート主婦の場合は、支払われた給料が収入だ。では必要経費は? というと、給料の額に応じて、一定額を必要経費として引くことが認められている。これが「給与所得控除」だ。給与所得控除は、年収162万5000円までは一律65万円とされている。
もう1つ、所得税には一律38万円の非課税枠(基礎控除)がある。つまり、所得が38万円以下なら所得税はかからない。この38万円と給与所得控除65万円を足した額が103万円だ。下のように、給与年収が103万円以下なら課税される所得はゼロになり、所得税がかからないことになる。
[給与年収]103万円-[必要経費(給与所得控除)]65万円=[所得]38万円
[所得]38万円-[非課税枠(基礎控除)]38万円=[課税所得]0円
では、亜由美さんのパート年収が103万円を超えたら? 年収が1万円増えても、所得税は500円ほど増えるだけ。ただし、税金には所得税以外に住民税もある。自治体によって違うが、住民税の非課税枠は所得税より低くて35万円が一般的(もっと低いところもある)。給与年収では一般的に100万円超えると5000円程度の住民税を払うことになるので、住んでいる地域のホームページなどで調べてみよう。
「扶養を外れると損」になるのは夫のほう
税金は、稼ぎに応じて払うもの。基本的には収入が増えれば手取りも増えるので、「1円でも税金を払うのは損」と考えるのでなければ、損するというものではない。では、パート主婦の考える「扶養を外れると損」とはどういうことだろう?
税金で「扶養を外れる」というのは、本人の手取りではなく、夫の手取りに関係する問題だ。妻の所得が38万円(パート収入103万円)以下なら、夫が「配偶者控除」を所得から引くことができるので、その分、所得税が安くなる。妻の所得が38万円を超えると夫は配偶者控除を引けなくなるため、所得税が高くなって手取りが減る。これがつまり「扶養を外れる」ということ。だが、妻の所得が38万円を超えても76万円(パート収入141万円)までは、代わりに「配偶者特別控除」を引くことができる(夫の所得1000万円まで)。妻の収入が増えるほど控除額が減って夫の税金が増えるものの、夫婦合わせた手取り額は増えていく。決して損することはない。
ただし、注意しなければいけないのは、夫の会社に、妻の扶養手当がある場合。もし支給の条件が「妻の所得38万円以下」となっていれば、それを超えると扶養手当をもらえなくなる。扶養手当は金額も条件も会社が独自に決めるものなので、もらえなくなると痛いような金額なら、支給条件を夫に調べてもらったほうがいい。
年収130万円を超えると手取りが減る
実は、「扶養を外れると損」という問題が本当に起きるのは税金よりも社会保険だ。
夫が会社員の場合、扶養されている妻は夫の会社の健康保険に加入し保険料負担ゼロ、公的年金の保険料負担もゼロだ。こうした社会保険では、妻が扶養されているか否かの判断基準が「年収130万円」とされている。もし妻の年収が130万円を超えて自分で健康保険や公的年金の保険料を払うようになれば、「収入が増えたのに手取りが減る」という逆転現象が起きてしまう。この逆転現象は年収が160万円程度になるまで続き、この水準をクリアした後は働けば働くほど手取り額も増えていく。
そこで、もし「扶養の範囲」で働こうと考えるなら、「所得税103万円の壁」より「社会保険130万円の壁」を意識したほうがよさそうだ。もっとも、パート勤務の場合は勤務時間が正社員と同程度だと、年収103万円以下でも社会保険に加入する場合もあるから、いちがいに130万円ということはできない。いずれにしても、パート主婦が厚生年金に加入すれば将来、自分の受け取る年金が増えるのだから、単純に損と考えないほうがいい。税金や社会保険料を払っても、どんどん働いて手取りを増やしたほうが生活は楽になり、老後の備えも増やせるはずだ。
仕事によっては年収103万円以下でも税金がかかる
一方、自宅で料理教室を開いている香織さんのケースでは、「年収103万円」以下でも税金がかかる可能性がある。
給料をもらっている亜由美さんの場合には、給与年収から必要経費として給与所得控除65万円を引いた残りが所得になる。香織さんの収入は給与ではないので、65万円を引くことはできない。この場合は、実際にかかった経費を必要経費として収入から引き、その残りが所得になる。この所得が38万円以下なら、所得税がかからない。料理教室なら、材料費やテキストの費用、水道代や電気代などが必要経費になるはずだ。香織さんの年間収入が60万円とすれば、これらの必要経費が計22万円に満たないと所得が38万円を超えるため、所得税がかかることになる。夫の配偶者控除が配偶者特別控除に代わるのも、この「所得38万円」のラインだ。なお、前述のように所得が35万円程度になると住民税がかかることも頭に入れておこう。
つまり、「所得税103万円の壁」があてはまるのは、収入が給与の場合だけ。自営業による収入や家賃収入などの場合には、「所得38万円」が所得税の壁になるということだ。
では、社会保険のほうはどうだろう?
実は、税金と社会保険では判断基準がかなり違う。社会保険の基準は「今後、130万円を超える年収が見込まれるかどうか」。給与収入以外の場合だと、年収から必要経費を引くことができるかどうかは、健康保険組合によって判断が違うよう。もしもこうした年収が130万円を超えそうなときは、夫が会社で加入している健康保険組合に問い合わせてみたほうがいい。もっとも香織さんの場合、料理教室による年収は現在、60万円程度。今のところ、社会保険料を自分で負担する必要はなさそうだ。
証券系シンクタンク勤務後、専業主婦を経て出版社に再就職。ビジネス書籍や経済誌の編集に携わる。マネー誌「マネープラス」「マネージャパン」編集長を経て独立、フリーでビジネス誌や単行本の編集・執筆を行っている。ファイナンシャルプランナーの資格も持つ。