幸せな人はお風呂で何を考えているのか
トイレやお風呂といった一人で過ごすふとした時間、私たちの頭にはとりとめのない考えが浮かんでくることがあります。
こうした自然に浮かぶ思考に、幸福度の高い人と低い人で何か違いがあるのでしょうか。
もし両者の思考パターンに違いがあり、その差を埋められるなら、「幸せになる思考習慣」に近づけるかもしれません。
最新の心理学の研究でこの点が分析され、幸福度の高い人と低い人をわける違いが明らかになってきました。
あえて何もしていない時間を作る実験
分析を行ったのは、アメリカのノースダコタ州立大学の大学院生のハミドレザ・フェレイドゥニ氏とマイケル・ロビンソン教授です(*1)。
彼らは大学生334名を何もない部屋に閉じ込め、ただ「頭に浮かんだことを観察してもらう」という、極めてシンプルな実験を行いました。
実はこれまでも似たような思考内容を調べる実験が行われてきました。例えば、「過去の出来事をできるだけ多く思い出してください」と指示し、ポジティブ/ネガティブ記憶の量や内容を分析するという手法です(*2)。
この方法でも思考内容を調べることはできるのですが、「過去の出来事をできるだけ多く思い出してください」という指示が意図的な思考を誘発してしまうため、必ずしも自然な思考とは違うのではないかと問題が指摘されていました。
そこで、フェレイドゥニ氏らは刺激のない静かな部屋で、一定時間「何もせず、浮かぶ思考」を観察してもらい、その後、思考内容を報告させるというシンプルな方法を取ったのです。
このような「何もせず、浮かぶ思考を観察する時間」は、脳科学でいうデフォルトモードネットワークが活性化する瞬間だと言えます。つまり、外界ではなく内側に意識が向かい、自分・他者・未来・過去・人生の意味などを自然に考え始める時間です。
フェレイドゥニ氏らは、この時間に参加者がどんな思考をしていたかを「自分のこと」「人間関係」「良いこと」「問題」「不確実性」「目標」などの項目で評価しました。
悩みや不安が頭を去来する頻度は変わらない
興味深いことに、この研究では、幸せな人でも「自分自身のこと」や「人生のトラブル・悩み・問題」、そして「未来への不安や不確実性」について考える頻度が幸福度の低い人と比べてまったく減っていなかった、という点が明らかになりました。
普通に考えれば、「幸せな人というのは、悩み事が少なくて、自分の問題や将来の不安について思い悩む時間が少ない人だろう」と思われがちです。
しかし、実験室の静寂の中に放り込まれたとき、幸せな人もそうでない人も、同じように「あのごちゃごちゃした問題はどうしよう」「これから先どうなるのだろう」と、自分の抱える現実的な課題や不確実性に等しく思考のエネルギーを割いていたのです。
違いは、ネガティブな思考のなかに、どれだけ「ポジティブな思考のボリューム」を共存させ、上乗せできるかという「足し算の視点」にあります。
幸せな人は、悩みや不確実性を頭の片隅に抱えながらも、それと同時に、あるいはそれ以上の頻度で、人生の素晴らしい側面や大切な人のこと、そして明日の目標へと心のスポットライトを自然と切り替えることができるシステムを持っているというわけです。
これが「幸福な人の思考習慣」と言えるでしょう。
判明した「幸せな人の脳内ルーティン」
それでは、この「足し算の視点」について詳しくみていきたいと思います。
この研究では、幸せな人ほど、何もしない時間に特定のテーマについて考える明確な傾向があることがわかりました。
まず「自分の人生における良いこと」を考えている頻度が圧倒的に高い傾向にありました。
ここでの「良いこと」とは「過去の楽しかった思い出」「今の恵まれている環境」「最近あった嬉しい出来事」などです。幸せな人ほど、普段の思考習慣として良いことに注意が向きやすいと言えます。
また、幸福度の高い人ほど「人間関係」について考える傾向がありました。
「人間関係」というのは友人・家族・恋人など、自分にとって大切な人のことを指しています。誰かと過ごした温かい時間や、大切な人の顔が何もしない時間に自然と心を満たしているというわけです。
ふとした瞬間に大切な人が思い浮かぶという点は、幸福研究の古典的知見である「幸福の最大の源は人間関係である」と見事に一致していると言えるでしょう(*3)。
さらに、幸せな人ほど「目標」について考える傾向がありました。
自分がいま達成したいと考えている目標にどうやって近づいていけばいいのか。そのためには何が重要か。このように幸福度の高い人ほど、ふとした瞬間に未来を創造するための前向きな精神活動に意識が向くようになっていると言えます。
以上、幸せな人の頭の中では、デフォルトの状態で「良いこと」「人間関係」「目標」という3つのポジティブな柱の周りを衛星のようにぐるぐると回り続けているわけです。

幸・不幸を分けるものは何か
では、逆に幸福度の低い人は何を考えているのでしょうか。
多くの人は、「不幸な人ほど悩みや不安ばかり考えている」と想像するかもしれません。しかし、この研究はそうした見方を支持しませんでした。
幸福度の低い人は、幸せな人よりも問題や将来への不安について特別多く考えているわけではありません。
違いは別のところにありました。
幸福度の低い人は、悩みや課題から、人間関係や目標、人生の良い側面へと自然に思考を広げることが少なかったのです。
たとえば、「仕事がうまくいかなかった」という出来事があったとき、幸福度の高い人は「次はどう改善しよう」「支えてくれる人がいる」「最近こんな良いこともあった」と思考が広がります。
一方、幸福度の低い人は、問題そのものの周辺を行き来し続けやすい。
つまり、幸福を分けているのは、ネガティブな思考を持つかどうかではありません。
悩みを抱えながらも、その先にある人とのつながりや目標、人生の前向きな側面へと心のスポットライトを動かせるかどうか――その違いが、幸福感を左右しているのかもしれません。
この研究が教えてくれる幸せへのヒント
今回の研究から、「何もすることがないときに、幸せな人は何を考えているのか」という点が明らかになりました。ここから以下の3つの実践的な示唆が得られるのではないかと思います。
①良いことを意識的に思い出す
一人になったふとした瞬間に、頭の中で何が思い浮かぶでしょうか。
「最近あった嫌なことや失敗」「自分と同じ歳なのに成功している他者」「将来への不安」「自分のキャリアへの失望」といった内容であれば要注意です。これらが出てくる場合、自分で自分に鞭打っているのに等しい状況だと言えます。
自分で自分を責める必要はありません。むしろ、日々頑張っている世界で一人しかいない自分を褒めてあげてください。「お前はよくやっている」と自分に声をかけてみましょう。
これに加えて「最近の良かったこと」を思い返す習慣づけをすると、気分が上向いていくのではないでしょうか。
②大切な人のことを考える
人間関係は幸福の中心です。忙しいときほど、意識的に「大切な誰か」を思い浮かべる時間を作るといいでしょう。
③目標を思い描く
未来に向けた思考は、人生の大きな推進力になります。大きな目標でなくても、「次の週末にやりたいこと」でも十分です。
以上の点を意識し、思考パターンを変えていくことで幸福度が向上する可能性があると言えるでしょう。
〈参考文献〉
(*1) Fereidouni, H., Robinson, M.D. What Do Happy People Think About? A New Paradigm for Assessing Self-Generated Thoughts in the Laboratory. Journal of Happiness Studies 27, 76 (2026).
(*2) Seidlitz, L., & Diener, E. (1993). Memory for positive versus negative life events: Theories for the differences between happy and unhappy persons. Journal of Personality and Social Psychology, 64(4),654-664.
(*3) Diener, E., & Seligman, M. E. P. (2002). Very happy people. Psychological Science, 13(1), 81-84.