老後を健康に過ごすには、どうすればいいのか。リハビリテーション科医の安保雅博さんは「転んでけがをするのは“運が悪かったから”ではない。そのまま寝たきりになり、最悪の場合、命を落とすこともある。自覚なき老いの進行に気づき、対策をうつために、試してほしいテスト・気をつけるべきポイントがある」という――。(第3回)

※本稿は、安保雅博『歩幅を見れば、寿命がわかる 「死ぬまで歩ける体」のつくり方』(アスコム)の一部を再編集したものです。

転倒して足を痛めたアジア人の老人男性
写真=iStock.com/koumaru
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無自覚のまま“転びやすい体”になっていく

筋肉は年齢とともにまんべんなく減るわけではありません。特に減りやすいのは、歩いたり立ったり、姿勢を保ったりする筋肉です。これは特別な病気がなくとも、ごく普通に年を重ねれば起こる変化なのです。中でも、一番最初に変化が表れやすい場所が、“肩”です(第1回記事参照)。

肩から始まった老いは、少しずつ、しかし確実に体全体へと広がっていきます。姿勢が崩れ、筋肉は硬くなり、力も弱くなる。関節の動く範囲(可動域)は狭まり、体の重心バランスは、気づかないうちに不安定になっていきます。

問題なのは、こうした変化の多くが「痛みを伴わずに進む」ことです。そのため、本人に自覚がないまま、体は着実に「転びやすい状態」へと近づいていきます。そしてある日─ほんの小さな段差、いつもと同じ道、少し急いだだけの一歩で、「老化による転倒」が起こるのです。

転倒を防ぐためにできることは、たくさんあります。ですが、その前に欠かせないのが、「今の自分の体が、どんな状態にあるのか」を知ることです。そこで、以下に簡単な体のチェック方法をご紹介します。特別な道具は必要ありません。自宅で、短時間でできる内容です。

もし、このチェックテストを無理なく、スムーズにできたのであれば、今のところは「老いに負けず、転びにくい体」の状態にあると考えてよいでしょう。

“転倒予備軍”のサイン

一方で、次のような状態にある方は要注意です。

●こんな状態なら要注意
□腕を上げるのがきつい
□つま先立ちでふらつく
□頭、肩、お尻、かかとが壁につけづらい(離れてしまう)
□両腕を壁に沿って下ろすとき、腕が壁から離れてしまう
□歩き始めるとき重心が安定しない
□動きがぎこちなく、うまく体を動かせない
□一つひとつの動きで「ウーッ」「イテテテ」など声が出てしまう
※体に痛みがある場合は、無理せずできる範囲でやってみてください。

こうした状態は、老いが進行し、転びやすい状態になり始めているという体からのメッセージだからです。

でも、「できなかった」=「もう遅い」ではありません。ここで大切なのは、うまくできなかったからといって、落ち込む必要はないということです。むしろ、「今、気づけた」こと自体が、転倒を防ぐための大きな一歩です。それでは、あなたの体の状態を次のチェックテストで確認してみてください。

「老化」「転倒危険度」がわかる4つのチェックテスト

【「老化度・転倒危険度」チェックテスト
①後頭部・肩甲骨・お尻・かかとを壁につけながら立ち、そのまま両腕を天井に向けて真っ直ぐ上げ、両手のひらを向かい合わせにする。同時に、かかとをあげて「つま先立ち」をする。
②真っ直ぐ上げていた両腕を、壁に沿って下ろしていく。このとき、両腕を下ろしながら、両手のひらを内向きに返していく。
③両腕が真下の位置にくると同時に、上げていたかかとを下ろす。
④そのままの姿勢で、両腕を大きく振りながら前に少し歩く。
【図表1】「老化度・転倒危険度」チェックテスト
歩幅を見れば、寿命がわかる』(アスコム)より

「老化度・転倒危険度」のチェックテストは、いかがでしたか。「思ったよりうまくできなかった」と感じた方が、大半ではないでしょうか。それは決して、あなただけの問題ではありません。ほとんどの人が、自分の体の衰えに気づかないまま年齢を重ねているのです。

「転んで亡くなる人」は交通事故の死者数の3倍

転倒は、要支援・要介護の主な原因であることは、本書でお伝えしました。しかし実はそれだけではありません。転倒は、ときに「死」に直結する事故でもあるのです。

厚生労働省が公表した「令和6年(2024年)人口動態統計」によると、この年に「不慮の事故」で亡くなった方は4万5743人。その内訳を見ると、転倒・転落・墜落による死亡者数は1万1935人にのぼります。これは、不慮の事故死の中でワースト1位です。さらに驚くべきことに、交通事故による死者数と比べると、約3.3倍もの人が、転倒・転落・墜落によって命を落としているのです。

転倒事故というと、「外出先で転ぶ」「駅などで階段から落ちる」というイメージを持つ方も多いでしょう。しかし、実際に多いのは“家の中での転倒”です。さらに、「家の中での転倒」による死亡者の大多数が高齢者であることも、同統計調査からわかっています。

「家庭における不慮の事故による死因」を見ると、家庭での平らな場所での転倒(「スリップ、つまずき及びよろめきによる同一平面上での転倒」)のうち、65~79歳が約24.0%、80歳以上は約67.0%を占めています。

階段での転倒・転落(「階段及びステップからの転落及びその上での転倒」)でも同じような結果で、65~79歳が約36.4%、80歳以上が約50.5%を占めているのです。

「ちょこちょこ歩き」は転倒リスクの予兆

つまり、「慣れた自宅だから安心」「このくらいの段差は大したことない」という油断こそが、最も危険なのです。

外をさまよっている年配のアジア人男性
写真=iStock.com/mapo
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ここで、ぜひ覚えておいてほしいことがあります。高齢者の転倒は、「運が悪かった事故」ではありません。多くの場合、老化によってつくられた「転びやすい体」が招いた結果なのです。

その変化は、日々の「歩き方」にも表れます。歩幅が狭くなり「ちょこちょこ歩き」になっている場合は、転倒のリスクが高まっているサインです。逆に、大きめの歩幅で「スタスタ歩き」ができている人は、筋力やバランス能力が維持できている可能性が高いでしょう。

歩幅の違いは、そのまま将来の転倒、さらには寿命にも関わってくるのです。

しかし、「転びやすくなってしまった体」は、正しい知識と行動により変えることができます。次からは、転倒を防ぐために、「何を」「どの順番で」整えていけばいいのかを具体的にお伝えしていきます。

最悪の場合、要介護・寝たきり状態になる

普段の生活の中で転ばずに歩けている。実はこの「当たり前」は、リハビリテーションの分野で重視されている「人の活動を育む」という考え方の、まさに土台にあたります。転ばずに歩ける=単にケガをしないというだけではありません。要介護・要支援や寝たきり状態になるリスクを下げ、元気で自立した生活を続けるための大前提でもあるのです。

ここでひとつ、あらかじめ整理しておきたい大切なポイントがあります。それは、これまでお伝えしてきた「老化に伴ってリスクが高まる転倒」とは異なる種類の転倒があるということです。

マンガの中で見るような「バナナの皮を踏んで、ツルッと滑って転ぶ」、そんな場面を想像してみてください。このようなタイプの転倒の原因は、床の滑りやすさ、段差、照明の暗さなど、いわば「環境によるもの」です。これは年齢に関係なく、若い人でも環境が悪ければ誰にでも起こりうる転倒です。

一方で、本稿で扱う「老化によって起こりやすくなる転倒」は、これとは意味がまったく異なります。筋力やバランス能力、姿勢を保つ力など、体そのものの変化が原因となる転倒です。

環境を整えることももちろん大切ですが、高齢者の転倒はそれだけでは防ぎきれません。床や段差、照明など、環境的な問題を減らすための具体的な工夫について、次から詳しくご紹介します。

「寝室で立ち上がる瞬間」「床に置いてある物」に注意

ここでは、高齢者が特に転びやすい家の中の場所を取り上げ、「なぜ危ないのか」「どう対策すればいいのか」を、具体例とともにご紹介します。どれも大がかりな工事は不要で、今日からできることばかりです。

書影
安保雅博『歩幅を見れば、寿命がわかる 「死ぬまで歩ける体」のつくり方』(アスコム)
【自室・寝室】――立ち上がる瞬間が一番危ない

自室や寝室では、歩いているときだけでなく、ベッドやイスから立ち上がる瞬間にバランスを崩して転ぶケースが少なくありません。「朝起きてすぐ」「夜中にトイレへ行くとき」などは、特に注意が必要です。

《対策のポイント》

立ち上がるときに手をつける場所があるだけで、転倒リスクは大きく下がります。不安のある方は、左記のように手すりや柵などを活用するとよいでしょう。

・ベッドの横やイスの脇に、突っ張り棒や手すりを設置する
・寝室からトイレまでの“よく通る動線”に、一定間隔で手すりをつける
・ベッドは壁に寄せて配置する、またはベッドガード(ベッドに付けられる柵)を使用する

【居間(リビング)】――「ちょっとした物」がつまずきの原因に

居間は長い時間を過ごす場所だからこそ、油断しがちです。特に多いのが、次のような物でのつまずきです。たとえば「床を横切る電源コード」「置きっぱなしの新聞やリモコンなど」「こたつ布団やめくれたカーペット」です。いずれもどこの家庭にもあるものですが、つまずきや滑りの原因になります。

《対策のポイント》

・電源コードは壁沿いにまとめ、歩く動線をコードに横切らせない
・床に物を置かない習慣をつける
・こたつ布団は内側に入れる、カーペットの下に滑り止めをつける

「廊下・トイレ・風呂」が招く危険

【廊下・階段】――暗さと滑りやすさが危険を招く

廊下や階段は、「暗い」「狭い」「急いで通りがち」という条件が重なり、転倒が起こりやすい場所です。

《対策のポイント》

・手すりを積極的に設置する
・床に物を置かない
・階段には滑り止めシートを貼る
・滑りやすいスリッパや靴下は避ける

寒い時期に靴下を履くなら、滑り止め付きや5本指タイプがおすすめです。また、夜間でも足元が見えるよう、明るめの照明や人感センサーライトを設置するのも効果的です。

【トイレ】――「回る」「立つ」が連続する場所

トイレでは、体を180度回す動作と座る・立つ動作が連続します。立ちくらみやふらつきが起こりやすいため、転倒リスクが高い場所のひとつです。

《対策のポイント>

「もしも」のときに体を支えられる環境を整えておきましょう。便座の横や前に、手すりや突っ張り棒を設置しておきましょう。

【風呂・脱衣所】――濡れた床と方向転換に注意

脱衣所では、立ったまま着替えをするときに、ふらつきや立ちくらみが起こることがあります。不安を感じたら、イスに座って着替えるだけでも安全性は高まります。

浴室内は、「床が濡れて滑りやすい」「体の向きを変える動作が多い」という点で、転倒が起こりやすい場所です。

《対策のポイント》

・段差が大きい場合は、すのこやスロープで調整する
・手すりや滑り止めマットを設置する

「玄関」はバランスを崩しやすい場所

【玄関】─ 靴の脱ぎ履きは意外と不安定

最後に、玄関です。靴を履く・脱ぐ動作で片足立ちになるため、バランスを崩しやすくなります。

《対策のポイント》

・イスを置き、座って靴の着脱をする
・段差が大きい場合は、すのこやスロープ、手すりを活用する

てすり
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです

家の中の環境を少し整えるだけで、「転びやすい家」は「安心して暮らせる家」に変えられます。あらためて家の中に危険が隠れていないかチェックしてみてください。死に直結する事故を防ぐことにつながります。

(参考文献)
・安保雅博、中山恭秀『寝たきり老後がイヤなら 毎日とにかく歩きなさい!』(すばる舎)
・安保雅博、中山恭秀『何歳からでも 丸まった背中が2ヵ月で伸びる!』(すばる舎)
・安保雅博、中山恭秀『家でも外でも転ばない体を2ヵ月でつくる!』(すばる舎)
・厚生労働省「令和6年(2024年)人口動態統計」