※本稿は、安保雅博『歩幅を見れば、寿命がわかる 「死ぬまで歩ける体」のつくり方』(アスコム)の一部を再編集したものです。
「自分はまだ大丈夫」慢心が危ない
現実を認めず(認められず)「自分はまだ大丈夫」という誤った認識で行動することは予期せぬ事故やケガにつながり、それが寝たきりや要介護への入り口になってしまいます。特に大きなリスクが、転倒です。
老いは肩から始まると第1回の記事でお伝えしました。その後、ドミノ倒しのように全身へ影響を及ぼし、転びやすい体を静かにつくり上げていきます。
典型的なのが、「若い頃の感覚のまま動いてしまう」ケースです。
「昔と同じつもりで走って転倒し、肉離れやアキレス腱を断裂してしまう」というのは、中高年以上の方によく見られる失敗パターンです。しかも、高齢になると、平らな道を歩いているだけでも転倒リスクは高まります。筋力低下に加え、柔軟性やバランス能力も落ちているからです。
骨折は“寝たきり老人”の入り口
高齢者の転倒で、もっとも恐ろしいのが骨折です。
多いのは、「手をついて転び、手首や腕を骨折する」「手をつけなくて股関節(太ももの付け根)を骨折する」というケース。特に股関節の骨折は、その後の歩行能力や生活の質を大きく左右します。
また、転倒しなくても、老いを放置することで関節疾患は進行します。肩や首~頭が前に倒れ、背中が曲がると、本来かからないはずの負担が背骨・股関節・ひざに集中します。背筋力が十分にあれば、体を後ろへ引き戻せますが、加齢によってそれは難しくなっています。
さらに、骨と骨のクッション役である椎間板も、年齢とともに機能が低下しています。その結果、骨同士の間隔が狭まり、体重や衝撃が直接骨に伝わり、背骨・股関節・ひざなどの骨がつぶれていくのです。
一度つぶれた骨は、元には戻りません。上の表にあるように、要介護・要支援の状態になった原因の上位には、転倒・骨折・関節疾患がことごとく含まれています。骨折は、「寝たきり」の入り口になってしまうのです。
動かない状態で、筋肉は1カ月で半分失われる
「もう年なんだから、そんなに動かなくていいよ」
「重いものは、代わりに持ってあげるね」
「(電車などの乗り物で)席が空いてるから、座りなよ」
年を取ってくると、家族や周りの人から「やってあげるね」「座ってていいよ」などと言われ、「誰かにやってもらう」ことが増えてきます。
相手は親切心で「やってくれている」わけですが、そのやさしさが逆に「老いを早めてしまう可能性がある」ことを知っておく必要があります。私たちは「動かない」でいると、どんどん「動けなく」なっていくからです。もちろん重い病気の急性期などで強い痛みがあったり、大ケガをした直後などは、安静にする必要があります。
しかし、「できるだけ動かない」「ずっと座っている、あるいは寝ている」という状態が続くのは、体にとって大きなマイナスです。
体を動かさない状態が続くと、筋肉は驚くほど早く衰えていきます。筋力は1日で約2%、1週間で10~15%、1カ月経つとなんと約半分も失われてしまうのです。
動かないでいると、体に負担がかからずラクに感じます。けれどもそれは、一時的に効く“麻薬”のようなもの。ラクをしているつもりが、知らないうちにどんどん体を弱らせてしまいます。
90歳から“役割”を取り上げてはいけない理由
私はかつて、ある地方の病院で定期的に診療をしていました。そこには80代、90代のご高齢の患者さんも多く通院されていました。
その中に、90歳を過ぎても家族経営の精米店を手伝っている女性の患者さんがいました。毎日5kgの米袋を運ぶ作業をしているほど体力もあり、体調も非常に良好。診察のたびに「本当にお元気ですね」と声をかけていたほどです。
ところがある日、家族からこう言われました。
「もう90歳を越えたんだから、そんな仕事はやらなくていいよ」
その言葉をきっかけに、女性はほとんど体を動かさなくなりました。すると――わずか2週間で体調が急激に悪化。日常生活で体を動かすことすら、難しくなってしまったのです。女性にとって、米袋を運ぶ作業は「老いに負けない筋トレ」そのものでした。それをやめた途端、体は一気に衰えてしまったのです。
この話は、決して特別な例ではありません。「年を取ったら、動く量は減らす」「若い人に任せる」と考えがちです。しかし実際には、その逆です。年を重ねたからこそ、意識して体を動かすことが必要なのです。
「107歳まで生きる時代」動ける体は節約につながる
もちろん、若い頃と同じようにがむしゃらに動く必要はありません。大切なのは、「できる範囲で、日常の中で動き続ける」こと。それが、転ばない体をつくり、「いくつになっても元気で動ける体」を長く保つ最大のコツです。
体を動かせなくなると、介護や介助が必要になり、通院や治療の回数も増え、医療費などが確実に増加します。動けない体は、生活費を押し上げる原因にもなるのです。
これからの日本は超高齢社会。医療制度や介護制度が、今と同じ形で続く保証はありません。米カリフォルニア大学&独マックスプランク人口研究所の調査によると、2007年生まれの子どもの半数が107歳まで生きるという予測データもあります。平均寿命が107歳という時代が近づいてきているのです。
(参考:Human Mortality Database, University of California, Berkley(USA), and Max Planck Institute for Demographic Research(Germany).)
107歳まで生きる時代が現実味を帯びてきた今、「動ける体」を保つことは、将来の医療費・介護費を抑えるための“最高の節約”とも言えるのです。
「心の変化」が起こりやすくなる
年を重ねると、体の老化だけでなく心の老化も起こりやすくなります。
・自信がなくなる
・やる気が出なくなる
・新しいことへの好奇心が薄れる
・「どうせ自分なんて」と思ってしまう
こうした変化は、誰にでも起こりうるものです。ただし、「精神的な老い」が一気に進んでしまう“引き金”があります。それは、「以前はできていたことが、できなくなったとき」です。
本書でもお話ししたように、この瞬間こそが、老いに気づく大きなタイミングです。本来であれば、「老いに気づけた→今から対策すればいい」と前向きに受け止めたいところです。しかし、「老いに気づいてしまった→もう自分はダメだ」と考えてしまうと、心には大きなダメージが残ります。
体を動かすと“心の老化”も防げる
特に転倒は、「自分が年を取ったこと」に気づかされる大きなきっかけです。
何もないところ、小さな段差、自宅の階段や風呂場などで転倒し、場合によっては通院や入院を要するケガをしてしまうと、転んだことによるショックで“心の傷”が残ってしまうことも、決して珍しくありません。
「また転ぶんじゃないか」
「外に出るのが怖い」
このような心境により、家に閉じこもりがちになる→体を動かさなくなる→さらに体が弱るという悪循環を生んでしまうのです。
逆に、「老いに気づけた→今から対策しよう」という気持ちの切り替えができれば、転倒のリスクは下がり、「自分はまだまだ動ける」という感覚が自信につながります。
体を動かして軽く汗をかくと、気分がスッと明るくなる経験をしたことがある方も多いはずです。運動療法が、うつ病をはじめとする精神疾患に有効であることは、数多くの研究で示されています。体を動かすことは、体の老化を防ぐだけでなく心の老化も防いでくれるのです。
「どう生き、どう動き続けるか」を考えて
私が専門としているリハビリテーション医学は、もともと病気やケガによる障害を克服することを目的とした学問でした。つまり、「悪くなったところを補い、社会生活に戻る」ための医学だったのです。
ところが2017年、リハビリテーションの概念に大きな変化が加えられました。それが、「人の活動を育む」という考え方です。
超高齢社会では、1人の人が複数の病気を同時に抱えることも珍しくありません。その場合、一つひとつの障害だけを見ていては、人間らしい生活を支えることができないのです。だからこそ今、リハビリテーション医学は「どう生き、どう動き続けるか」を支える医学へと進化しています。
この考え方は、病院の中だけの話ではありません。皆さんの日常生活そのものに、ぜひ取り入れていただきたい視点です。
老いに負けず、自分らしい暮らしや人生をできるだけ長く続けていくためにも、日頃から体を動かすことを心がけてください。
(参考文献)
・安保雅博、中山恭秀『寝たきり老後がイヤなら 毎日とにかく歩きなさい!』(すばる舎)
・安保雅博、中山恭秀『何歳からでも 丸まった背中が2ヵ月で伸びる!』(すばる舎)
・安保雅博、中山恭秀『家でも外でも転ばない体を2ヵ月でつくる!』(すばる舎)
・厚生労働省「国民生活基礎調査 2022年」
