父娘での東京六大学「天覧試合」の実現
5月31日、天皇と愛子内親王は神宮球場で行われた東京六大学野球の早慶戦を観戦した。
このところ、こうした機会には雅子皇后を含め一家でということが多くなっているが、今回は父娘での観戦になった。内親王は涼し気なライトグリーンの装いで、今上天皇とともに球場を訪れた。
なぜこの観戦が実現したのか。
それは、東京六大学野球が昨年100周年を迎えたからである。そうした記念となる機会に天皇や皇族が訪れることになるが、野球の世界のなかで東京六大学野球は別格である。なにしろ、その優勝校には「天皇杯」が授けられるからである。
プロ野球のチームが日本シリーズで優勝しても天皇杯は授けられない。軟式野球の全国大会にも天皇杯はあるが、こちらは、昭和天皇からの下賜金から作られた賜杯で、性格が違う。
今上天皇も野球に親しみ、皇后も学生時代にソフトボール部で活動したことで知られている。愛子内親王も高校野球のファンで、早稲田と慶應の選手にも知った顔があったらしい。試合中は熱心に観戦し、試合が終わった後には両チームの主将などと懇談している。たんに観戦したというだけではなく、熱心な野球ファンだというところが、国民が愛子内親王に親しみを感じる一つの要因になっている。
試合は早稲田大学のサヨナラ勝ちに終わり、大いに盛り上がったが、今国会で皇室典範の改正が議論されるなかで、「愛子天皇」待望論のほうも今まで以上の盛り上がりを見せている。
世論と大きく隔たる国会の皇族数確保策
国会で議論されている皇族数確保策は、女性宮家の創設と、旧宮家から養子をとる案の2つである。
この2つの案については、どちらに対しても異論があり、本当に案がまとまり、皇室典範の改正にこぎ着けるかどうかが危ぶまれる状況にもなっている。
その一方で、国民のあいだでは、女性天皇や女系天皇を求める声が高まっており、争点は、次第にそちらに移ってきている。国会での議論と、世論とのあいだに大きな隔たりが生まれている。
5月16、17日に行われた朝日新聞の全国電話世論調査でも、女性天皇容認は72%で、女系天皇容認になると、それを上回り74%にもおよんだ。
2006年に秋篠宮家の紀子妃の懐妊が明らかになった時点で、そうした声はいったん鎮静化した。ところが、最近では「女性・女系天皇」容認論が、2006年以前と同じか、それを上回るようになってきた。
皮肉なことに、保守派が男系での継承にこだわればこだわるほど、女性天皇や女系天皇を求める声が高まっている。
なぜ、そうした不思議な事態が起こっているのだろうか。
議論の“先送り”だらけの取りまとめ案
それは、これまでも指摘してきたように、国会で議論されている案に問題が多すぎるからである。
国会での「立法府の総意」取りまとめ案の作成は、遅れに遅れてきた。それも、衆議院と参議院の議長は与党である自民党の出身でも、副議長は中道改革連合や立憲民主党の出身であり、意見は大きく分かれているからである。
女性宮家の創設と旧宮家からの養子案については合意されたようだが、女性皇族と結婚する配偶者と子どもを皇族とするかどうかは、先送りされる見通しである。
養子案については、本人の意思が確認できるように「15歳以上」となったようだが、養親の範囲や養子本人に皇位継承資格を与えるかについては、慎重な制度設計を求めるというレベルに留まる可能性がある。
特に、この養子案には問題が多い。対象を旧宮家の人間に絞ることは、憲法が禁じる身分差別に結びつく。男子だけだというのも、女性差別にほかならない。
それに、いったん皇室から離れた人間が復帰するのは、異例のことなのである。
保守派が絶対触れない史実のタブー
早慶戦の天覧試合が実現した31日朝のNHK「日曜討論」では、保守派の百地章氏が、皇族の生まれでない人間が復帰し、天皇になった例として平安時代の醍醐天皇を挙げた。先例がある、というわけである。
醍醐天皇は、父親の宇多天皇が臣籍降下していたため、生まれたときはたしかに皇族ではなかった。けれども、その期間はわずか2年ほどしかなかった。養子の候補とされている旧宮家の人間が、戦後、臣籍降下した人間の孫や曾孫になるのとはまったく性格が違う。
それに関連して、保守派が絶対に言及しないことがある。
現在の皇室典範は一般の法律だが、明治時代の1889(明治22)年に最初に定められたときには、天皇家の「家憲」という位置づけだった。
その後、皇室典範は一度も改正されなかったのだが、状勢の変化に対応するため、1907(明治40)年に「増補」されている。
増補された部分は全体で8条からなっているが、第6条には、「皇族ノ臣籍ニ入リタル者ハ皇族ニ復スルコトヲ得ス」とある。いったん臣籍降下して皇室を離れた人間は、二度と復帰できないという“禁止”の規定である。
この増補の部分は、戦後、皇室典範が廃止されたときに同時に廃止され、現在の皇室典範には盛り込まれていない。
ではなぜ、そんな増補が行われたのだろうか。
あまりに問題含みの「養子案」の正体
最初に皇室典範が定められたときには、「永世皇族制」がとられた。これは、一度皇族になった人間は、本人はおろか、その子孫を含め、何代経とうが永遠に皇族だという制度である。
それも明治天皇にはのちの大正天皇しか男子が生まれなかったからで、皇族の確保が必要と判断されたのだ。
明治政府は、皇位継承の資格がある皇族を増やそうと、今議論になっている旧宮家を創設した。ところが、そこに多くの男子や女子が生まれたため、このままいけばネズミ算式に増えていくことが予想された。それでは財政がもたない。
そこで増補の第1条では、「王ハ勅旨又ハ情願ニ依リ家名ヲ賜ヒ華族ニ列セシムルコトアルヘシ」と規定された。つまり、皇族から離れ、国が財政的には“援助しない”華族になることが促されたのだ。当然、いったん華族になった人間が皇族に復帰しては困るわけで、そこで第6条の規定が生まれたのである。もしも、この増補の規定が今も生きていたならば、養子案はまったく成り立たない。
そうしたあまりに問題含みの養子案が難航する一方で、「愛子天皇」待望論が高まるのは、そこに天皇、あるいは天皇家の意思が反映されているからである。
3席並んだ「講書始」後の懇談の場
最近、愛子内親王を含めた一家で国民の前に現れることが多くなったのも、愛子内親王を中心に打ち出そうとする、天皇皇后の意思の表れと考えられる。
実は、今年のはじめ、その意思が明確になった瞬間があったのである。それを、私が知ったのは早慶戦観戦の前日のことである。
私は朝日カルチャーセンター新宿教室で、政治学者の御厨貴氏と「時事イ放談」という講座を行った。御厨氏は長くTBSテレビで「時事放談」という番組に出演していた。お互い「じじい」になったので、「じじい放談」というわけである。
5月30日は、その4回目の講座となったが、皇室のことが大きなテーマになった。というのも、御厨氏は、今年1月9日の「講書始」で講師を務めたからである。
そこに至るまでの経緯も興味深いものだったが、一番衝撃的な話は、皇居正殿「松の間」での講義後、「懇談の席」で起きたことだった。
講師は3人で、その懇談の場には3つ席が用意されていた。講書始は、講師が天皇皇后をはじめ皇族に対して講義を行うものであり、そこに天皇と皇后が座ることが予想された。御厨氏には、席が1つ余計に思えたという。
実際、天皇と皇后が入場し、講師と挨拶を交わした。すると、天皇が目で合図すると、ふたたび扉が開き、愛子内親王が入ってきたというのである。席は愛子内親王のためのものだったのである。
それだけではない。
笑いを生む当意即妙な愛子さまの知性
御厨氏は、政治家などに聞き書きをする「オーラル・ヒストリー」について講義をしたのだが、その懇談の席で、アメリカのトランプ大統領の話題に触れた。「トランプさんのような方は、オーラル・ヒストリーに向かないんですよね」と。
これには天皇と皇后は困った顔をしたという。なにしろ、大統領を国賓として迎える立場にあるからである。そのとき、すかさず愛子内親王は、「ご自身だけがお話になり、人の言うことをあまりお聴きにならないからですね」と応じたという。このやりとりは週刊誌でも報道されたが、懇談会場はそれで笑いに包まれたという。
こうした当意即妙のやり取りができるところに、愛子内親王の才能がある。
だからこそ、天皇と皇后が懇談の席に同伴させたのであろう。というか、むしろこの席での「実績」があったことで、愛子内親王を天皇一家の中心に据えることに、天皇と皇后は自信を深めたのではないだろうか。
御厨氏との講座を聴講していた知り合いの編集者は、この話を踏まえ、今の政界や経済界はダメダメなので、ふたたび大政奉還をして、一代限りの「愛子天皇親政」でいいのではとまで言っていた。親政とは、天皇が政治上の権力を直接ふるうことを意味する。
もちろん、今の憲法の下では、そんなことが実現されるはずはない。「象徴天皇制」から大きく逸脱するからである。
国民はそれほどバカではない
しかし、時間を追うにつれて、「愛子天皇」待望論が高まりを見せてきたのは、大学卒業後、愛子内親王が公務にたずさわる機会が増えることで、その実像が国民のあいだに広く知られるようになったからである。
しかも、天皇家の意思も、より明確になってきた。
今後の天皇家は愛子内親王を中心にする。それは、愛子内親王が実質的に、日本の象徴、日本国民統合の象徴になったことを意味する。つまり、本来天皇が果たすべき役割を代わって果たすようになったということである。
朝日新聞の世論調査で、女系天皇を認める声のほうが女性天皇よりも上回ったのも、それが関係する。保守派は、「国民は、女性天皇と女系天皇の違いがわかっていない」と主張してきたが、国民はそれほどバカではない。
今や、多くの国民が男系での皇位継承ではなく、女系での継承を望んでいる。それも、愛子内親王のような賢い女性が選んだ男性なら皇族にしてもかまわないし、ましてその子どもであれば、男女を問わず、次の天皇にふさわしいと考えられるようになったからである。
「愛子天皇」待望論は、今や新しい段階に突入している。