できなかったことができるようになる保育
熊本市東区にある「やまなみこども園」には、専門家たちが注目する現象がある。この保育園では「子どもの発達障害が消える」ということだ。
近年、全国の保育園では発達障害のある子どもの数が増えており、それに伴って起こるトラブルが保育士や保護者を悩ませている。だが、やまなみこども園ではこのような子どもが入園し、何かを起こしても、それをトラブルとは捉えないばかりか、入園前まで障害と見られていたものが次第に目に映らなくなるという。
教育学が専門の塩崎美穂(東洋英和女学院大学教授)は話す。
「やまなみこども園では、発達障害を個人の問題と考える視点はほとんどありません。もちろん、発達障害のある子は一定数いるので入園してくるんですよ。でも、やまなみこども園では、数日でそれが子どもの群れになじんで見えなくなるばかりか、子どもによってはできなかったことができるようになるんです。それは、子ども自身にとっても当然うれしいことです。先生方が特別な取り組みをしているというより、園の環境がそういう現象を生んでいると私は捉えています」
「障害」を個々の特性だとみなす姿勢
子どもは誰しもが大なり小なり発達にそれぞれ個別の特性を備えているものだ。ただ、それが他者に比べて大きく現れ、しかも日常生活に支障をきたす場合に「障害」と見なされる。
近年、保育園や学校で発達障害の子どもが増えたのは、全員を画一的に扱って、管理下で同じことをやらせる指導が要因の一つだという指摘もある。子どもの個性を無視して全員を横一列に並べて同じことを強いれば、できる子とできない子が出てくる。そうした空気が特性の強い子を必要以上に目立たせることにつながっているというのだ。
一方、やまなみこども園の子どもへの向き合い方は、正反対だ。
園の先生全員が子どもたちの個々の特性をその子の「らしさ(アイデンティティ)」と把握した上で、子どもたちを分断せず、みんなで力を合わせながら一つの目標を実現していくことを求める。
たとえば、医療機関で自閉スペクトラム症と診断された男の子がいた。彼は汚れることに過敏に反応し、お絵描きや習字の時間に筆を持つことすら怖がってできなかった。絵具や墨汁が手につくのではないかと不安なのだ。
ゴールは「自分」ではなく「全員」のもの
春になり、園ではこいのぼりの行事を行うことになった。白いシーツを魚の形に切って、絵具を使って色とりどりの模様を描いてこいのぼりを作り、それらを園庭に飾るのが例年の習わしだ。
担任の大平智花(通称「ともちゃん」)は、子どもたちにこいのぼり作りを呼びかける際、自分の作品を作ることだけに目標を置かない。あえて次のように表現するのだ。
「“みんなで作った全員分のこいのぼり”を園庭に飾ろうね!」
子どもたちに自分のこいのぼりだけでなく、全員のこいのぼりがはためいて、空を埋め尽くす光景をイメージさせ、そこをゴールにするのである。
ほとんどの子たちは張り切ってこいのぼりを作ろうとするが、自閉スペクトラム症の男の子はすぐには絵具を手にすることができない。そこで大平は2~3人ずつ別の日に作業をやらせ、自閉スペクトラム症の男の子には他の子が作業している様子をおんぶして見せることにした。
周りの子たちも事情を察し、自分が色を塗っているところを彼に見せて解説したり、こうすれば汚れないよとやってみせたり、「ためしに塗ってみる?」と促したりする。男の子は徐々に関心を持ち、自分からこう言いだした。
「僕もこいのぼり作りたい!」
「これでいいんだ」と自信を抱ける環境
それでも、いざ絵具と筆を前にすると、男の子はなかなか手に取れない。すると、周りの子たちが近寄ってきて「絵具を出すのを手伝ってあげようか」と言ったり、「筆のここを持つといいよ」と助言したりする。
大平も彼に下書きのイメージがないのに気づくと、「何でもいいから、好きな色を塗ってみようか」と、色塗りからはじめさせる。
男の子は周りに支えられながら筆を手に取り、好きな絵具を選んでシーツに色をつけていく。周りの子たちが「すごい!」「やればできんじゃん!」と称える。男の子はだんだんと気を良くして別の絵具にまで手を伸ばし、色を塗りはじめる。
このように、全員のこいのぼりが空にはためくことを目標にし、1人も欠けないようにと、助言をしたり、手を貸したり、褒めることで後押ししたりする。これによって男の子も「これなら自分でもできる」「これでいいんだ」と少しずつ作業を進められるようになる。
男の子が完成させた1メートル以上のこいのぼりを私も見たが、お世辞抜きに、他の子たちが作ったものに対して遜色ないどころか、思わず見返してしまうほど色彩豊かで力のある作品だった。
他者との“関係性の束”を大事にする保育
塩崎は、こうした取り組みを独自の表現で説明する。
「やまなみが大切にしているのは、“関係性の束”なんです。複数の他者との“関係”が“束”のように集まって一人ひとりの人間は存在しています。その“関係性の束”のような人間が集まってコミュニティをつくる。一人ひとりの子どもがお互いに影響を与え合いながら育っていきます。
だからやまなみでは子どもをバラバラに見て、個々の成長だけを考えることはしない。個別に異なる子どもたちのお互いの関わりを重視して、多様な“関係性の束”が子どもの中に育つのを待つ。
緊張感の高い子どもが筆を持ちたくなるのは誰といる時か、目の見えない子どもがスムーズに着替える時の周りの子どもたちの振る舞いはどうなっているのか。
つまりやまなみが育んでいるものは、個体としての子どもの能力ではなく、不確実性を含むコミュニティの“関係”でしょう。流動的に変わっていく子ども同士の関係が、平和や民主主義を実現していく。やまなみの保育実践からは学ぶことばかりです」
やまなみこども園では、子どもたちが毎日のように全員で一つの目標を設定し、力を合わせてそれを成し遂げる体験をくり返しているので、だんだんと発達障害が目立たなくなるばかりか、不得意だったことも学年が上がるにつれて難なくこなせるようになる。
自己肯定感や向上心につながる体験
似たようなことは、身体障害や知的障害にも当てはまる。
かつてほとんど視力がない弱視の男の子が在園していたことがあった。両親も目に障害があり、市外に住んでいたが、どうしてもやまなみこども園の環境で幼少期を過ごさせたいと熱望し、毎日タクシーで送り迎えをした。
先生たちは、視覚障害の子の受け入れは初めてだったので手探りの状態だった。すると、周りの子どもたちが男の子に歩み寄り、「まったく見えないの?」「影くらいは見える?」などと本人に聞いて障害の程度を把握すると、自分たちから遊びに誘った。
みんなで話し合って彼にできそうな遊びを提案し、実際にやってみて難しければ手を貸したり、相談してルールを変えたりした。
そうこうしているうちに、男の子の方も友達と一緒になって同じことをする楽しさを知り、何事にも前向きに挑戦するようになった。
友達に教わって楽器を弾けるようになったり、折り紙や粘土遊びができるようになったりした。園の行事にも積極的に参加して周りを驚かせることもあった。表情にもどんどん自信が漲っていった。
こうした体験が、彼にとって大きな自己肯定感や向上心につながったのだろう。卒園する頃には他の子とほとんど同じことができるようになり、義務教育を経て大人になった現在は、一般社会で医療関係の仕事に就き、結婚して子どもをもうけている。
そしてその子どもも父の意向でやまなみこども園に通ったのである。
