高市早苗首相は3月16日の参議院予算委員会で、女性天皇について否定的な見解を明らかにした。神道学者で皇室研究家の高森明勅さんは「高市首相は、現在の皇室典範の規定に基づく皇位継承順序にこだわっているようだが、そもそも皇室典範は構造的欠陥を抱えている。本気で皇室の存続を願うならば、欠陥ルールを見直し女性天皇を認めるべきだ」という――。
第2次高市内閣発足当日、官邸に入る高市早苗首相。2026年2月18日
第2次高市内閣発足当日、官邸に入る高市早苗首相。2026年2月18日(写真=内閣広報室/Cabinet Public Affairs Office/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

「女性天皇」否定した高市首相

去る3月16日の参院予算委員会で、高市早苗首相は内親王・女王がご結婚後も皇族の身分を保持できるようにするための皇室典範の改正を認める一方で、「女性天皇」の可能性を否定する考えを示した。その際、政府有識者会議報告書に現在の皇室典範の規定に基づく皇位継承順序を「ゆるがせにしてはならない」との意見が書き込まれているのを引用した。

しかし、その皇位継承順序は、一夫一婦制で少子化なのに、皇位継承資格を「男系男子」に限定するという、ミスマッチな欠陥ルールに基づく。明治の皇室典範で初めて採用された男系男子限定は、側室制度と“セット”でかろうじて持続可能性を期待できるルールだ。それなのに、側室制度がとっくに過去のものになっても、うっかりセットの片方の男系男子限定だけ残っているのが現状だ。

皇室典範が抱えるこの構造的欠陥こそ、つぎの世代の皇位継承資格がわずかお一方(悠仁親王殿下)だけという、目の前の皇室の危機を招いている最大の元凶と言える。

現状の皇位継承順位へのこだわりは本末転倒

その欠陥ルールに基づく皇位継承順序にこだわり、欠陥の是正を怠って皇室の存続を危うくすることは、まさに本末転倒以外の何ものでもない。本気で皇室の存続を願うならば、欠陥ルールの見直し=男系男子限定の解除は避けられない。

その欠陥が是正されれば、「直系優先」の原則によって直系長子でいらっしゃる敬宮としのみや(愛子内親王)殿下が皇位継承順位第1位の「皇太子」(次代の天皇)になられる。それは、敬宮殿下を敬愛する多くの国民にとっても、最も望ましい展開だろう。

天皇皇后両陛下のお子さまが現にいらっしゃるのに、単に「女性だから」というだけの理由で、皇位継承のラインから除外されるルールの奇妙さに、初の女性首相である高市氏は気づかないのだろうか。

「令和流」ご一家お揃いの公務

天皇ご一家がWBCのご観戦にお出ましになったのは3月8日。国際試合では60年ぶりの天覧試合という。

ご一家がお帰りになる時に、選手たちは礼儀正しく帽子を取って姿勢を整え、観客たちは拍手でお見送りした。ご一家はお手を振って観客にお応えになり、また、選手たちの敢闘を讃えて拍手をされた。ご一家らしいお優しいお心配りだった。

その場にいなくても、その光景を映像で拝見して、清々しい気持ちになり、感銘を受けた人たちも少なくなかっただろう。

この時のお姿を拝見しただけで、令和の皇室において天皇皇后両陛下のお気持ちやお考えを誰よりもまっすぐに受け継いでおられるのはどなたか、一目瞭然だった。

ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)1次リーグ、日本対オーストラリアの試合を観戦するため、席に到着された天皇、皇后両陛下と長女愛子さま
写真=時事通信フォト
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)1次リーグ、日本対オーストラリアの試合を観戦するため、席に到着された天皇、皇后両陛下と長女愛子さま。右端は野球日本代表前監督の栗山英樹さん=2026年3月8日、東京ドーム[代表撮影]

さらに3月25日〜26日にかけて、ご一家がおそろいで、初めて東日本大震災の被災地である岩手・宮城両県にお出ましの予定だった。だが、天皇皇后両陛下がお風邪を召されてご体調が思わしくないため、いったんご訪問を取り止められた。ご日程は再調整される見通しだ。

4月6日〜7日に予定されている福島県への同じくご一家おそろいでのご訪問は、両陛下のご体調の回復次第で検討するという。

「令和流」という表現をあえて使うと、繰り返し“ご一家おそろい”でご公務に臨まれ、国民へのこまやかなご配慮をお示し下さることこそが、それにあたるだろう。

この令和流は、国民にとって最も丁寧で思いやりの深いなさりようであると同時に、ご一緒される敬宮殿下にとっては「天皇とはいかにあるべきか」を陛下ご本人のお側で経験できる最高の“帝王学”とも言える。

皇位が世襲されるべき核心が“精神の継承”にあるならば、両陛下のご長女、敬宮殿下こそが誰よりも次代の天皇にふさわしいことは、ほとんど自明なように思える。

天皇陛下のご本心

今年の天皇誕生日を控えての記者会見で、天皇陛下は敬宮殿下について多く触れられた。その中で、次のようにおっしゃっていた。

「今後、皇族としての仕事の幅も徐々に広がってくるのではないかと思います。愛子には、引き続き感謝と思いやりの気持ちを持ちながら、これからも多くの経験を重ねて更に成長し、皇室の一員としての務めを大切に果たしていってくれることを願っています」

この時のご会見の内容が、これまでにないほど率直に、敬宮殿下がご結婚後も「皇族」として皇室にとどまってほしい、というご本心を吐露されたものであったことは、2月27日公開のプレジデントオンライン「天皇陛下がこれほど率直な本心を示されたことはない」皇室研究家が読み取った愛子さまへの強い望み で、少し詳しく解説した。関心のある人はそれを参照してほしい。

天皇皇后両陛下のお子さまが皇族として皇室にとどまられるのであれば、その方がつぎの天皇として即位されることが最も自然な流れだろう。

ここでは、先に引用したおことばの中にあった「引き続き感謝と思いやりの気持ちを持ちながら……」という一節の背後に、長年にわたる天皇ご一家の深い“心の絆”が秘められているという、見逃されがちな事実を紹介したい。それによって、親子=直系による皇位継承こそが望ましい事実が、おのずと浮かび上がるはずだ。

天皇陛下が愛子さまに言及する時必ず使う表現

どれだけの人が気づいているだろうか。じつは、天皇陛下は即位されて初めて天皇誕生日を迎えられた令和2年(2020年)以来、記者会見で敬宮殿下に言及される時は、欠かさずに(!)「感謝と思いやり」の大切さについて、同様の表現を繰り返してこられている。

その間に、敬宮殿下がご成年にあたっての「ご感想」を発表された(令和3年[2021年]12月1日)。

その中に、陛下への“密かなアンサー”とも言える以下の一節があった。

「日頃から思いやりと感謝の気持ちを忘れず、小さな喜びを大切にしながら自分を磨き、人の役に立つことのできる大人に成長できますよう、一歩一歩進んでまいりたいと思います」

この一文から、天皇陛下が伝えようとされる「思いやりと感謝の気持ち」の大切さを、敬宮殿下が真正面から受け止めておられることが、はっきりと分かる。

では、天皇陛下が即位される前の平成時代はどうだったか。

天皇、皇后両陛下と愛子さま。2021年1月
天皇、皇后両陛下と愛子さま。2021年1月(写真=在フィリピン日本国大使館/外務省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

雅子さまが強調した「感謝と思いやりの気持ち」

平成29年(2017年)以降、皇后陛下が途切れることなく、敬宮殿下に向けて「感謝と思いやりの気持ち」の大切さについて、繰り返し述べておられた。当時は皇太子妃として、この年に次のようにおっしゃったのが、最初だった。

「愛子は……先日、16才の誕生日を迎えたところですが、今後とも、感謝と思いやりの気持ちを大切にしながら、様々な経験を積み重ね、更に成長していってほしいと願っております」

では、この平成29年が起点となった理由は何か。この年に何があったのか。

この年には、皇后陛下の「ご感想」の発表に先立って、敬宮殿下が学習院女子中等科の修学旅行で広島を訪れられたご感想を「世界の平和を願って」という作文にまとめておられた。この作文のキーワードが、まさに“感謝”と“思いやり”だった。

「何気なく見た青い空。しかし、空が青いのは当たり前ではない。毎日不自由なく生活できること、争いごとなく安心して暮らせることも、当たり前だと思ってはいけない。なぜなら、戦時中の人々は、それが当たり前にできなかったのだから。日常の生活の一つひとつ、他の人からの親切の一つひとつに感謝し、他の人を思いやるところから、『平和』は始まるのではないだろうか」(『学習院女子中等科卒業記念文集』平成29年[2017年])

ここに、平和の原点として「感謝」と「思いやり」という言葉が、そろって出てくる。

天皇・皇后両陛下が受け止めた愛子さまの“気づき”

時系列としては、皇后陛下のご感想よりも敬宮殿下の作文の方が先だ。そこから拝察すると、おそらく皇后陛下は敬宮殿下の作文から、敬宮殿下が感謝と思いやりの大切さを自らお気づきになった事実を、お知りになった。その上で、その気持ちを忘れずに、今後も持ち続けてほしいと願われて、以後、毎年のご感想の中で繰り返しそれを述べてこられたのだろう。

それはもちろん、天皇陛下も同じお気持ちだったはずだ。

こうして、平成時代には皇后陛下が皇太子妃としてのお立場で、令和に移ってからは天皇陛下ご自身が、中学生だった敬宮殿下が自覚的につかまれた「感謝と思いやり」の気持ちを、「今後とも」「引き続き」大切にし続けるように、あえて公的な場での“おことば”としても、丁寧に繰り返してこられたのだろう。

改めて言うまでもなく、この「感謝と思いやり」は、1人の人間としても、皇族としても、あるいは将来の天皇としても、この上なく重要な心の持ち方にほかならない。

敬宮殿下はそれを、言葉の上だけの綺麗事ではなく、深く身につけておられる。そのことは、これまでの殿下のなさりようが、揺るぎなく証明している。

大阪・関西万博で愛子さまが見せた心配り

一例として、昨年5月に大阪・関西万博にお出ましになった時のできごとを振り返ってみよう。

この時は雨が降っていたので、敬宮殿下は傘をさしておられた。その傘を受け取ろうと係の職員が手を伸ばした場面でのやり取りは、目を見張るものがあった。

とっさに相手が受け取りやすいようにご自分の手の位置をスッと上にずらして、それまで握っておられた中棒の手元の部分から渡そうとされたのだ。

しかもご移動の途中なのに、しっかりと相手の顔をご覧になり、受け取ってもらうことへの感謝から、嬉しそうな表情をされ、さらに笑顔で軽く頭を下げる所作までなさった。ほんの一瞬の、自然な流れの中でのできごとだった。しかし、その場で作為的にしようと思っても、このような振る舞いはできない。(2025年5月15日公開 雨の大阪万博で愛子さまは即座に傘を持ち替えた…皇室研究家が確信した「国民統合の象徴」に近い存在感 参照)

まさに「感謝と思いやり」が身についておられればこそだろう。

ぬいぐるみを優しく抱き続けた愛子さま

あるいは、昨年11月に初めての海外ご公務でラオスを訪れられた時のこと。同国では国賓に準じた丁重な歓迎を受けられた。国家元首のトーンルン・シースリット国家主席との一対一の会談では終始笑顔を絶やさず、こまやかな配慮を示されつつ、堂々と対応された。

そうした重大な日程の合間に、次の場所へ移動される時に、近くの地点に案内した現地の男性に対して、やはりその一瞬もお座なりにされず、その人にきちんとお顔を向けて微笑まれ、感謝の気持ちを示された。殿下が通りすぎられた後に、その男性がいかにも幸せそうな表情を浮かべていた映像が話題を呼んだ。

現地の「ラオ・フレンズ小児病院」を見舞われた時も、印象的な場面があった。入院している子どもから象のぬいぐるみを贈られた後、ご移動に合わせて側近の者が何人か、ぬいぐるみが邪魔にならないように受け取ろうとしても、子どもの好意をないがしろにされず、すぐには渡されないで、しばらく優しく抱き続けておられた。(2025年12月26日公開 「愛子さまは象のぬいぐるみを優しく抱き続けた…」皇室研究家が見た“愛子天皇待望論”世界的発展の兆し 参照)

こうしたわずかな事例だけからでも、「感謝と思いやり」が敬宮殿下の心に深く根を張っていることが分かる。

両陛下が心を合わせて背中を押し続けている

ここで見落としてはならない事実がある。それは敬宮殿下がしっかりと身につけておられる「感謝と思いやり」の気持ちは、ほかならぬ両陛下によるご幼少期からのご教育、ご薫陶の賜物である、という事実だ。

天皇陛下は敬宮殿下が学習院初等科の1年生から2年生に上がられる手前の時点で、つぎのように述べておられた(平成21年[2009年])。

「私たちの今後の教育方針と言っていいか分かりませんが、誠実で人に対する思いやりの心をはぐくむことがとても大切と考えています」

また、初等科から女子中等科に進まれる手前の段階では、以下のようにおっしゃっていた(平成26年[2014年])。

「自分で考え、行動できるようになるとともに、周囲への感謝の気持ちや配慮を大切にしながら、健やかに育ってほしいと思います」

両陛下の教育方針の中で、「思いやり」と「感謝」がどちらも、早くから大切な柱になっていた。それが土台となって、敬宮殿下が自覚的に「感謝と思いやりの気持ち」が取り分け大切であると思い至られた。

その敬宮殿下ご自身の“気づき”に対して、両陛下が平素はもとより、お誕生日ごとの記者会見やご感想を通しても、心を合わせて背中を押し続けてこられている……。

ご一家の心の絆

これまでの経緯を振り返ると、美しい心のキャッチボール、あるいはバトンリレーとも言うべき、ご一家のこまやかな“心の絆”が、目に見えるようだ。そのような心の絆も、親子=直系だからこそあり得ることだろう。

令和の皇室において、天皇の地位を受け継ぐのに敬宮殿下よりふさわしい方が、ほかにおられるだろうか。