初期流産や不妊、子どもの異常につながる

「卵子の老化」はようやく知られてきたので、そろそろ、もうひとつの大事なことを知ってほしい。それは「精子の老化」だ。

少し生殖の知識を持つ方は「そんなバカな。卵子と違って精子は毎日新しく作られているから老化はないのだ」と思うかもしれない。確かに、卵子は胎児期に一生分が作られてしまって卵巣に貯蔵されているから持ち主と一緒に年をとる。それに対し、精子は毎日精巣で新しいものが作られている。ただ、毎日作られる「新しい精子」も、作っている身体の老化と無縁ではいられない。

今は、よく泳げない精子には、卵子を目の前に置いてくれる体外受精、卵子に注入してもらえる顕微授精という解決法がある。だから産婦人科では、精子自身の力にはあまり注目してこなかった。しかし、精子のプロである男性不妊の専門医たちは、臨床経験から精子も老化することを実感してきた。同じ男性を長年に渡って診ていると、精子データの推移から経年変化が観察されるという。

「男性不妊バイブル」(http://maleinfertility.jp/)というウェブサイトを持つ男性不妊専門医・岡田弘医師(獨協医科大学越谷病院泌尿器科主任教授)は、精子が作られにくい男性を大勢治療してきたが、35歳以上では結果が出にくくなることが気になっていた。そこで、条件を均一にしたマウスの卵に様々な一般男性の精子を入れてみたところ、一部の男性は35歳を境に精子の力が落ちることがわかった。

精子にはどんな老化が起きるのか、海外の文献を探すと意外にたくさんの報告があった。晩産化を反映して、父親年齢の研究が増えているのだろう。

これまでの関連研究をまとめた文献研究によると、加齢は精子を育てるホルモンや細胞、精子そのものの数を減らし、DNA損傷精子を増やす。染色体異常によるものが多い初期流産が増え、子どもの染色体異常も一部の疾患でやや増える。女性が35歳以上の場合、男性が若い場合より妊娠率が下がり、流産率が上がる傾向がある。

もちろん、高齢男性から生まれた子どものほとんどは健康ですくすくと育っていて、そんなに神経質になることはない。ただ、あなどれないケースもあることは知っておきたい。

精子の老化を特に注意したい人は

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男性が父親になる年齢は2000年以降急激に上がり、今の全国平均は32.3歳。

通常、男性は、女性のように「一定の年齢でみんな妊娠できなくなる」という劇的な変化はなく、ゆるやかな衰えがあるのみだ。例えば女性は40代半ばになると妊娠できないのが普通で、できても半数は流産してしまう。これに対し男性は加齢で子どもをあきらめることはあまりなく、流産率の違いも35歳以上でそれより若い男性の約1.3倍になる程度だ。

しかし、これはあくまでも集団の傾向で、実際にはかなり大きな個人差がある。精子の加齢リスクが高まる境界線は、多くの報告で「35歳」もしくは「40歳」。今まで高齢出産と言えば誰もが女性の話だと思ってきたが、実は男女の問題だったということがこれでよくわかる。男性も「35歳以上は男も高齢出産だ」と心得て、子どもが欲しいのならのんびりしない方がいい。

特に40代の男性は、パートナーさえいるなら、あれこれ考えている暇はない。精子力の低下は40代後半から加速する。精子の老化もさることながら、若い女性との年の差婚ではない限り、この年齢では女性の卵子が厳しい状況にあるはずだ。

カップルが妊娠までに要した平均月数を男性年齢別に見た英国の研究によると、20代で子どもを持とうとした男性では半年、30代~40代前半では10カ月だったが、40代後半では19カ月、50歳以上では32カ月もかかっていた。これは女性年齢が高いとさらに長くなり、長くなれば卵子老化は進む。余裕のない卵子にさらなる負荷をかけないためにも、年齢の高い男性は早く女性と子どもの話をした方がいい。

気落ちする必要はない

生まれつき、もしくは生後に何か問題があって精子を作る機能が落ちている「無精子症」や「乏精子症」がある男性は、若くても自然妊娠が難しい。でも、この場合も、若いうちに妊娠しようとすれば不妊治療の効果は上がる。

精子を作る機能の判定は自分ではできないので、医療施設での精液検査が必要だ。受ける場合は、インターネットで「精液検査」と検索し、できるだけ男性不妊専門医がいる、もしくは連携がある施設で受けたい。

精子老化は男性には少し気落ちする話だったかもしれないが、マイナス思考はやめよう。私は、この事実が知られることによって、卵子の時計が気になる女性の気持ちがわかり、彼女との距離が縮まる男性が増えてほしいと思っている。

精子も卵子も、共に限られた時間を生きている。男女が共感し合い、寄り添って未来を想う心から結婚も妊娠も始まる。

<参考文献>
Paternal age and reproduction 1.
Hum. Reprod. Update (2010) 16(1): 65-79.doi: 10.1093/humupd/dmp027First published online: August 20, 2009

河合 蘭(かわい・らん)
出産、不妊治療、新生児医療の現場を取材してきた出産専門のジャーナリスト。自身は2児を20代出産したのち末子を37歳で高齢出産。国立大学法人東京医科歯科大学、聖路加看護大学大学院、日本赤十字社助産師学校非常勤講師。著書に『卵子老化の真実』(文春新書)、『安全なお産、安心なお産-「つながり」で築く、壊れない医療』、『助産師と産む-病院でも、助産院でも、自宅でも』 (共に岩波書店)、『未妊-「産む」と決められない』(NHK出版生活人新書)など。 http://www.kawairan.com