衆議院選挙では高市旋風が吹き荒れ、自民党の歴史的圧勝に終わった。武蔵大学社会学部教授の千田有紀さんは「『高市人気』の理由は、彼女が女性だからではなく、彼女がイデオロギーをめぐる空中戦に参加しないからではないかと考えている。賛否が割れるような議論に参加しないという“安定感”が若者の心をつかんだのではないか」という――。
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高市氏は「女性だから」人気なのか

衆議院選挙では、高市早苗首相が率いる自民党が大勝した。その理由は、圧倒的な高市氏の「人気」であるといわれている。

報道では、高市人気は「推し活」や「アイドル」人気になぞらえられることも多い。また高市首相が勝利したのは、これまで女性は差別されてきたという「女性の“犠牲者性”」を強調した「被害者モード」のおかげだという識者もいる。

女性であるとなぜ人気が出るのか、高市首相は本当に“被害者ぶって”いるのか。もちろん、投票は政策を吟味してなされるものであるが、この視点から考えてみたい。

総理大臣や党首が女性であれば選挙に大勝できるのであれば、どの党も女性を党首にするだろう。実際に女性が党首の党もあるが、高市氏のような爆発的な人気を博しているわけでもない。

確かに、小池百合子都知事旋風が起こった当時は、中年女性を中心に、「女性ならでは」の人気があったかもしれないが、若い世代の支持はそれほど高くはなかった。高市氏のように、男女問わず広く支持され、またとくに若者から人気があるのは、高市氏がたんに「女性だから」という理由だけでは片付けられないだろう。

確かに若い女性にとって女性政治家の存在は、これまで自分たちからは遠くにあったように見えていた政治を、身近なものに感じさせる効果はある。国会の中継で、女性が「総理大臣」と呼ばれているのを見て、男性が総理の椅子に座っていた今までとは異なる新しい風を感じるというひとがいるのは当然だ。しかし、それだけでは高市人気は説明しつくせない。

自民党の開票センターで、メディアのインタビューに答える自民党総裁の高市早苗首相=2026年2月8日、東京・永田町の党本部
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自民党の開票センターで、メディアのインタビューに答える自民党総裁の高市早苗首相=2026年2月8日、東京・永田町の党本部

「高市チーム」の存在感

高市人気のひとつには、高市氏個人の「アイドル性」というよりも、高市氏を支えるチームの存在感にあるのではないだろうか。

高市氏が自民党総裁に選ばれたとき、周囲にいた多くの女性議員が涙していた。自民党という男性中心の組織で、後ろ盾もない女性議員が総裁選を勝ち抜くことがどれだけ大変かを、理解しているひとたちの涙である。これまで男性総裁が選出されたときに、周囲の男性たちがあれほど涙したことがあっただろうか。そこでは少なくとも「女性ならでは」の苦労があったことがうかがい知れ、女性たちの絆を感じさせるものがあった。

「高市氏」だけでなく「高市内閣」の支持

高市首相は内閣発足時に、「せっかくの女性首相なのに、女性の大臣を3人しか指名しなかった」というバッシングを受けていた。しかし財務大臣などの要職に女性を就けて、女性大臣のメディア露出が多いことは、「チーム感」に繋がっている。

これまでリベラルさや刷新感をアピールするために、歴代の内閣では、「史上最多の女性の大臣数」などにこだわっていたが(そして副大臣や政務官に女性を入れるのを忘れて、張りぼて感がばれたりもしていた)、女性は男女共同参画担当大臣や少子化担当大臣などに充てられることが多く、とりあえず「数を揃えました」という感じがしたことは否めなかった。女性であることを買われて抜擢されたのだろうが、本人の経験不足が露呈し、答弁している様子を国会中継で見るのが気の毒になるほどの大臣がいたのは事実である。

高市政権ではまた、若い男性大臣も多い。政治家のSNS利用が広がったことも相まって、特に若手政治家がSNSで発言することも増えた。これほど個々の大臣の名前が前面に出てきたことはなかったのではないだろうか。実際選挙戦でも、高市内閣の大臣による応援は、かつてなく好評だったと聞く。

つまり「人気」の側面から考えるとするならば、高市首相個人の人気だけではなく、高市内閣への支持があったと考えるほうが妥当な気がする。

第1次高市内閣 2025年10月21日撮影
第1次高市内閣 2025年10月21日撮影(写真=首相官邸/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

「チームの強さ」=「高市氏の能力」

高市首相個人は、適度な「関西のおばちゃん」という親しみやすさを出してはいるが、これといった特徴があるわけではない。高市内閣の大臣の人選、その内閣を運営する能力、そして当たり前だが、その内閣の打ち出す方向性が支持されていると考えるのが筋だ。

それは当たり前であるが、たんなるふわふわした得体のしれないアイドル人気ではなく、首相の「能力」なのではないか。

高市首相に片山さつき財務大臣が、「ちょっとで栄養カロリーいっぱいとれるいい食べ物」だから「肉まんをもらってくれないか」と話しているところをテレビに撮られたりするのも、「ほっこり」エピソードだ。

高市首相はかなりの「ひとたらし」であるのも事実だろうが、それが外交においても発揮されているのだとすれば、それも「能力」のひとつといえるだろう。もちろん「媚び」だという否定的な声が上がっていたのも事実ではあるが。

イデオロギーより実利

高市氏の人気を支えたものに、女性たちの絆があると述べた。それでは高市氏は、女性を応援するフェミニストであるかといえば、明らかにそれは違う。

そもそも多くのフェミニストたちは「高市だけは、首相にしてはならない」と、一大キャンペーンを張っていた。フェミニストたちは、いまもいちばん、高市氏の評価に厳しい集団のひとつである。

高市氏は、フェミニストのイデオロギーからはいちばん遠いひとだ。しかし私はそれこそが、彼女の人気の秘密なのではないかという気がしてならない。高市氏はイデオロギーよりも、徹底して実利性にこだわるひとであるように見える。

得るものがないから関心を持たない

昨年12月の国会で、高市氏は参政党の神谷宗幣代表の「男らしいとか女らしいという性差を認めるのは駄目か」という質問に対し、「(自分自身は)『女の子なんだから、こうしなさいよ』と言われながら育ってきた世代だ」と答えている。しかし「男らしく、女らしくという価値観に賛同するか」という質問には、「ものすごく申し上げにくい」と述べ、真っ向からは答えなかった。そのようなイデオロギー闘争をしても、なんの得もないからだ。

多くの歴代首相が土俵に上がって総理大臣杯を授与してきた大相撲では、土俵に女性が上がれない「女人禁制」の伝統を尊重するとして見送った。土俵に上がることで、「女性差別に反対する」という主張をしてイデオロギー闘争に勝っても、自分になんの得もないからである。

選択的夫婦別姓制度の導入や、戸籍制度の変更には反対する。ある程度の通称使用が認められれば、生活に支障ないと考えているからではないか。

皇位継承権が男系男子に限定されている問題について、以前は男系男子を維持すべきと述べていたが、対応は麻生太郎氏に一任したままだ。国民の間には「女性天皇を」という声が根強い中で、それに反対しなければ以前からの強力な支持者に離れられてしまう。「この問題には深入りせず」という態度に、あまりに思い入れがなさそうに見えて、拍子抜けした。

高市氏は右翼的なイデオロギーをもっているといわれるが、これまでのやり取りをみれば、イデオロギー闘争にじつは関心がないのではないかとすら思う。自分の政権が揺らぐのであれば、靖国神社に参拝をすることも控える。ただし、靖国参拝によって国民の支持を大きく得られるのであれば、効果的に参拝しアピールするだろう。獲得するもののないイデオロギー闘争には、あまり関心がないようにみえる。

若者は安定感を求めている

高市首相は、理想やイデオロギーをめぐる空中戦は絶対にしないだろう。そうした安定感が若者の心をつかんだことは否めない。

ロシアによるウクライナ侵攻、生成AIの急速な進展、軍事的にも経済的にも社会的にも、いま世界は激動期にある。若者はこうした変化の渦に否応なく巻き込まれており、先行きが見えない。

そうしたなかで年配者が繰り広げるイデオロギー闘争に、若者はあまり関心がないようにみえる。大部分の若者は、旧態依然とした社会はもちろん拒否したいが、おじさん世代によるイデオロギー闘争にも巻き込まれたくないと考え、「安定感」を欲しているように見える。もちろん、人文系の高学歴の学生たちを中心として、高邁な理想について非常によく考えている若者もいるのは世界的趨勢だ。ただ多くの若者はそうではない。

高市首相は、フェミニズムという価値に邁進したりしない。「女は虐げられている」「私は女性だから、犠牲になっている」というところから話を始めない。いわないからこそ、多くのひとに支持されるのである。

「アンチ高市」が盛り上げる「高市人気」

むしろ、高市首相を女性差別的な視点で見ているのは、高市氏を批判している側ではないだろうか。

「高市支持はたんなるアイドル人気」
「なんの能力もない」
「媚びてる」
「仮病をつかっている」
「介護をしているなんて、嘘じゃないか」
「(内閣の女性は皆が)子どもを産んでいないからわからない」
「ルックスが……」

こうした発言は、SNSでなされているだけではなく、ときには高市政権に批判的な識者が堂々とおこなっている。

こうした発言に接したひとはどう思うか。

「高市さんがかわいそう」
「総理大臣でも、女性だとこんなことをいわれるんだ」

高市首相人気を盛り上げているのは、高市首相を批判している側なのではないか。それは一度立ち止まって考えてみたほうがいい。