※本稿は、大宅邦子『新版 選んだ道が、一番いい道』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
クラスが違ってもお客様に変わりはない
45年のCA生活で、私ははじめの13年は国内線、その後32年は国際線を担当してきました。
チーフパーサーという搭乗するCAをまとめる立場を長く務めていたため、後輩CAから「ファーストクラスのお客様を前に緊張してしまうことがあります」と相談されることも多くありました。
しかし、責任あるお立場や著名なお客様に私がどう接していたかといえば、それは他のお客様へのそれと異なることなく、じつにシンプルなものでした。
「あまり構えず、スモールトークを誰とでも」
ファーストクラスでもエコノミークラスでも、お客様に変わりはありません。
これこそ、お客様と接する秘訣と、同僚CAたちには常々答えていました。
仮にファーストクラスのお客様が大企業の経営者だったとしても、飛行機で顔を合わせたCAに、「うちの会社の経営は、今後どうしたらいいんだろう?」と難しい相談をしてくることなどありません。
「今、このひとときを快適に過ごしたい」と思っていることでしょう。
それなら「ロンドンも春なのにずいぶん冷え込んで、あいにく雨の予報です。どうぞ気をつけてお出かけください」という、ごく普通の会話で十分ではないでしょうか。
高級店よりも気軽でおいしいお店
機内では、冷たいものは冷たく、あたたかいものはあたたかいまま、おいしく召し上がっていただき、お好みに応じてそれに合うお酒もおすすめする。喉が渇いたといったご要望があれば、即座にお応えする。快適な空間で静かに休んでいただくためのお手伝いをする。それにプラスしてスモールトークを用意すれば、ファーストクラスのおもてなしとして、十分だと思うのです。
私がよくお客様に尋ねられたのはレストラン情報でした。ご紹介するのは地元の人が行くお店。高級店に足を運んだこともありますが、着ていくものにも気を使うし、ワインを頼むにも気おくれするしで、落ち着いて味わえませんでした。
それなら気軽で、「そんなに高くないのにおいしい店」がいいと感じます。
「近所の人が日曜日に来るようなイタリアンで、年配のご夫婦も小学生を連れたファミリーも、おいしいものをシェアして食べるようなお店ですよ」
スモールトークの延長で、自分のお気に入りを紹介することもしばしばでした。
始まりはだいたいスモールトーク
スモールトークは、さまざまな場面で役に立つと思います。
さほど親しくないご近所の人。子どもの学校関係で、よく顔を合わせる人。接点が少ない他部署の人。たまたま一緒になった“近くて遠い距離の相手”に対して、「何か話をしなきゃいけない」と思うと構えてしまう人もいるようです。
そんなときは、「今、このひとときを快適に」を合言葉に、ぜひスモールトークをお試しください。内容はお天気や食べ物などで大丈夫。身構える必要はありません。たったそれだけですが、お互いなごやかになります。
私は性分として誰とでも仲よくなるほうですが、だいたい始まりはスモールトークです。成田にある、行きつけの日帰り温泉施設の清掃員さん。24歳の美容師さん。常宿のレストランスタッフの女性。よくランチを食べに行く、近所の中華料理店のご主人。ポリフェノールたっぷりの、ボルドー色の人参を作っている有機農法の農家さん。
年齢、性別、職業は見事なまでにバラバラですが、他愛もないスモールトークをちょこちょこ交わすうちに、なんとなくいい関係になっています。
いいことを話さなきゃ、と構えない気安さでまずは天気や世間話から。
にこやかさを添えたひと言で誰とでもなごやかに。
その人の「すてき」を見つけて声をかける
お客様が暇つぶしに雑談をしたいのか、それともじゃまをしてほしくないのかは、よく見ていればわかります。ヘッドフォンをつけていたら話しかけないほうがいいし、最近ではWi-Fiをつないでお仕事をしている方も少なからずいます。
逆に少し退屈で、何か話したいなというお客様は、映画もごらんにならず、お休みにもならず、なんとなくきょろきょろしていらっしゃることが多いものです。
そんなときはお飲み物をおすすめしたり、お声がけしたりしていました。
いずれにせよ、大切なのは、相手をよく見ることです。よく見ていれば、相手の求めることがわかってきますし、その人の「すてき」が必ず見つかります。
あるときのソウル便のお客様は、とても魅力的な年配のご婦人でした。2000年代初めの韓流ブームの頃、韓国に行く女性のお客様に多くご利用いただきましたが、その方にはひときわ目を引かれました。真っ白な髪はふんわりと手入れされていて、首元のスカーフの色と絶妙な取り合わせなのです。
「御髪とスカーフがぴったりですね。とてもお似合いです」
思わずそうお伝えしたところ、飛行機を降りる際に「さっきはありがとう。これ、お礼よ」と、何かやわらかいものを手渡されました。見れば、マーガレットのような白い花のモチーフをつなげたレース編みのしおりです。2時間もないフライト中、器用に作ってくださったものでした。手づくりのあたたかさとかわいらしさがあり、今も大切にしています。
「デヴィッド・ボウイよ。大好きなの」
たかが服や持ち物と言いますが、わざわざ嫌いなものを身につけたり持ったりする人はいません。着ているものはたいてい、その人が好きなもののはずです。
だから、それがすてきだと思えば、ためらわずに伝えたほうがいい。言葉にしなければ相手にはわからない。ソウル便のお客様との出会いでそう感じました。
別の日のソウル便では、見たこともない色の大きな指輪をしているお客様がいらしたので、「まあ、きれいですね!」と思わず口に出しました。あまりに大きいものでしたし、宝石にうとい私にはガラスなのか本物なのかわかりませんが、きれいなものはきれいだから、それを素直にお伝えしました。
男性の時計など、高価なものをほめるのがいいという説もありますが、私はあまり気がつきませんでした。むしろカジュアルなTシャツをお召しのお客様に「それは何の柄でしょうか」とお尋ねして、「デヴィッド・ボウイよ。大好きなの」と教えていただき、それが話題の糸口になるといったことのほうが、多かったようです。
その人をよく見て、「すてき」を見つけて、言葉にする。これは接客に限らず、同僚や家族、身のまわりの人に向けてもいいのではないでしょうか。
ささやかな言葉が爽やかな風になる
ANAの制服が変わったばかりのタイミングの機内で、うまく着こなしているCAに気づいたことがあります。私はファースト、彼女はエコノミーの担当でしたが、持ち場に戻る途中で、たまたま目にしました。
ファイブスターを獲得し、次々と路線を拡大していくANAはCAの人数も8000人を超えていて、乗務ごとに「はじめまして」の人がいました。彼女もそうでしたが、私は迷わずギャレーまで行って声をかけました。
「制服、とてもすてきですね。私が見た中で一番きれいに着てるかもしれない」
きっちりとして若々しく、本当に美しい着こなしでした。
あとからリーダーに聞いたところ、彼女はしばらく休んでいて、その日は復帰したばかりだったそうで、休み明けでもあり自信をなくしていたのでうれしかったと思います、とのことでした。後日、バレンタインのチョコレートとともに「過日はフライトで、おいしいお茶の淹れ方、エプロンの着方、お客様との会話のしかたなどを教えていただきありがとうございました。またご一緒することを楽しみにしています」とメッセージをいただきました。
言っても言わなくても同じようなささやかなことでも、言ったことで誰かの心に爽やかな風が吹き込むこともあります。
