※本稿は、舟木彩乃『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
優秀なのに部下を困らせる上司
直すべきところを指摘してくれるのだが言い方があまりにもストレートで傷つく、自分流の強いこだわりがある、自分だけが興味を持っていることについて延々と話し続ける――上司のこんなところに困っているという相談を受けることがあります。
このような上司は「発達障害グレーゾーン」の可能性があります。グレーゾーンは発達障害の「傾向」があるということで、「グレーゾーン」という診断名が存在するわけではありません。
自分は発達障害かもしれないと思って医療機関を受診した場合、その傾向はあるものの診断名がつくほどではないとき、医師から「発達障害の傾向があります」などと告げられることがあります。グレーゾーン上司本人と部下の両方から受けた相談事例を紹介します。
高山さん(仮名、女性30代)は、海外の有名理系大学院を優秀な成績で修了し、現在は企業の研究所で働いています。彼女の研究は目の付けどころが良く、これまでその研究成果は会社の商品開発に大きく貢献してきました。業績が高く評価された結果、彼女をリーダーとした研究チームが立ち上がり、ショートカットで副所長にまで昇進しました。
しかし、高山さんから話を聴くと、昇進してさらに研究に意欲的に取り組んでいるということでは必ずしもなさそうでした。管理職になったことで研究に費やせる時間が減ったことや、期待した結果を出さない部下たちに対して、いつもストレスを感じているということだったのです。
1on1がただの会話で終わることも
彼女の会社では、管理職になると部下との1on1ミーティング(定期的に行う1対1の面談のこと)が重要な仕事のひとつとなります。このミーティングでは、部下の側から話を丁寧に聞くことをベースとする綿密なコミュニケーションが行われ、研究所内の意思疎通が図られます。
しかし、彼女の部下から様子を聴くと、高山さんの場合は綿密なコミュニケーションとは言いがたいようです。
高山さんは最初に「なにか(話)ある?」と不機嫌そうに早口で聞くため、部下が「特にありません……」と答えると、本当にその会話だけで終わることもあります。また、「もう少し早く仕事できないの?」とか「簡単なことしかお願いしていないはずだけど」など、パワハラと捉えられかねない言葉を、次々と部下に向けることもあるようです。
一方で、高山さんの専門分野である酵母などの話になると、終業時刻が過ぎていても話が止まらなくなることもあり、ある部下は3時間近くもひたすら話を聞かされたということです。
上司自身も悩み「発達障害」を疑う
このように、高山さんが筆者に相談に来た背景には、「彼女が部下とうまく人間関係がつくれず、それが仕事にも影響していた」という状況がありました。彼女は、管理職になってから感じるようになった「生きづらさ」の原因を自分なりにいろいろと調べていくうちに、「自分は発達障害ではないか」と疑いを持ちました。それで、相談に来る前に、すでに精神科を受診していました。
発達障害は、「自閉症スペクトラム障害:ASD(Autism Spectrum Disorder)」(以降ASD)や「注意欠如/多動性障害:ADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)」(以降ADHD)などの障害の総称です。近年、「発達障害」という言葉が一般的に浸透してきたことで、高山さんのように社会に出てから初めて「自分が発達障害ではないか」と疑い、精神科を受診する人が増えています。
発達障害は先天的な脳機能の障害に起因するため、社会人になって初めて発症することはありません。しかし、子どもの頃に発達障害とは診断されなかったグレーゾーンは、社会に出てから発達障害を疑う特性が発覚することがほとんどです。
職場の発達障害に関する相談で圧倒的に多いのがASDとADHDの2種類であり、高山さんは精神科でASDの傾向がある(=発達障害グレーゾーン)と言われたとのことでした。なお、ASDは、コミュニケーションやイマジネーション、社会性に問題があり、対人関係が築きにくい、特定のものに強いこだわりを持ちすぎるなどの特性があります。
コミュニケーションが苦手な原因は特性か
高山さんは自分の研究には熱意を持てるけれど、部下の育成には興味を持てず、そのせいでストレスが溜まっているような印象を受けました。優秀な研究者ではあるのですが、その一方で、部下たちのスキルやキャリア、都合を考慮することができません。
彼女は、人の話を遮って自分の話をすることが多いですし、遠回しな表現をするのは苦手です。相手の気持ちを想像するイマジネーション力が弱いがゆえに、コミュニケーションも苦手になるのだと思われます。
そのため、自分が簡単にできる仕事ができない部下に対して、「なぜできないの?」と相手の気持ちを考えないまま、ストレートに口に出して問いつめてしまいます。部下の中には、「私、研究者は向いていないのかもしれません」「上司(高山さん)に呆れられているみたいで話しかけにくいです」と言って、退職するか本気で悩んでいる人もいました。
彼女の研究チームにいる事務職の女性社員たちも、高山さんがとても苦手です。なにか報告しようとすると、「結論から言って!」などとキツく言われるため、ジャンケンで負けた人が報告に行くような状況になっているそうです。しかし、高山さんには、他者を傷つけようというような悪気はまったくありません。
このような上司にあたった場合、部下はどう振る舞えばよいでしょうか。
ASDが疑われる上司への対応法
当然ながら、発達障害の傾向があるかどうか、上司に直接確認するわけにはいきませんが、部下を憂鬱にさせる数々の言動には、発達障害グレーゾーンにみられる特性が関係していると思われます。このような場合、発達障害グレーゾーンの知識をもとにして、適切な対応法を部署で共有すれば、うまくいけば双方にとって働きやすくなります。
ASDが疑われる上司への対応法について、いくつかのポイントを紹介します。
・発達障害グレーゾーンやASD特性について、正しく理解しましょう。
上司が部下を傷つけようとしたり、見下したりして発言しているわけではないことがわかり、部下自身のストレスマネジメントにもつながります。
・報告するときは、結論から述べるようにしましょう。
背景や理由などから説明しているうちに、混乱させたり、苛立たせたりする場合があります。
・どこまでやれば仕事は完成したといえるのか、事前にすり合わせをしておきましょう。
求められている内容や費やしてよい時間などについて、お互いの認識にギャップがあることが少なくないため、それを埋める必要があります。
・上司の言い方に傷ついた場合は、「私は、○○さんの××という言葉に傷つきました」と伝えましょう。
ASD特性がある人は悪気なく言っている場合がほとんどですが、Iメッセージ(自分を主語にして気持ちを伝える技法)などの技法を使って相手に自分の気持ちを伝えることは、自分の心を守るうえで有効です。
専門家に間に入ってもらう
本事例では、カウンセラーが上司と部下の双方から話を聴く機会があったことで、それぞれが留意すべき点を伝えることができました。このようなケースに遭遇した場合、上司と対等に話せる人や、コミュニケーションに慣れている人に間に入ってもらうなど、ワンクッション入れる工夫も必要でしょう。
その後、高山さんは自身の特性を人事部と共有し、管理職から外れて研究職として働きたいと申し出る決心をしたようです。
