※本稿は、Yukari『くせ毛はこれであかぬけます』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
なぜ「くせ毛」はネガティブなイメージを持たれるのか
くせ毛アドバイザーとして活動する私自身、髪は何もしなければ広がって、うねって、ボサボサ状態。
幼少期から美容院に行くたびに「広がって大変でしょう」「抑えやすくしましょうね」と言われ続けたため、いつしかスタイリングチェアに座るとまず、「まとまりにくい髪ですみません」なんて、自分から謝るようになってしまいました。同じような経験をしたことのある方、きっと大勢いますよね。
美容院だけでなく、テレビやネットに流れる広告などでも、「うねりを直す」「ボリュームを抑える」などなど……くせ毛をネガティブにとらえたメッセージばかりが発信されています。
CMという諸悪の根源
今の世の中は、くせ毛に対するネガティブイメージがあふれていると感じてなりません。
シャンプーやドライヤーのCMは、ツヤツヤ、サラサラのストレートヘアの女性ばかり。クルクル、ふわふわのくせ毛の女性が起用されているのは見たことがありません。
自分の髪を否定されるようなメッセージを子どものころから浴び続けたことで、私は自分の髪に対してとても強いコンプレックスを持つようになりました。
中学生時代に起きた「水道事件」
中学生のとき、髪に対するコンプレックスが原因で、忘れられないトラブルになったこともあります。
ある日、私は髪が飛びはねないように、ハードスプレーでガチガチに固めて登校しました。
すると、ある先生が「なんだその髪は! 今すぐ、水道で流してこい!」と怒鳴りつけてくるのです。抵抗むなしく、私は半べそをかきながら、クラスメイトの前で蛇口の水を頭からかぶることになりました。
校則を破るつもりなどまったくありません。ただ、「人並みの髪」になりたかっただけなのです。今思い出しても、あのときの胸の痛みがよみがえります。
「くせ毛」に悩める人たちに共通する心の痛み
今の時代ならSNSで映像が拡散されて大問題になったかもしれません。しかし当時は、「心配かけるかも」「怒られるかも」という不安から、親にも言うことができず、自分の中に抱え込むしかありませんでした。
おそらく、くせ毛の人はみんな、こうした悲しい思い出のひとつやふたつ、持っていると思います。
現在、私が所属するサロンに来てくれたくせ毛のお客さんたちからも、こうした悲しい体験談をたくさん聞いてきました。すべてが私自身の記憶と重なります。
いつしかコンプレックスの塊に
多感な思春期にそんな経験をしたら、自分の髪がコンプレックスになってしまうのも無理ありませんよね。
まさに、そうしてコンプレックスの塊になった私は、18歳から35歳までの17年間、ずっと縮毛矯正をかけ続け、自分のくせ毛を隠し続けていました。
その間、2人の子どもを育てながら働いていたので、4〜5時間はかかる縮毛矯正のために美容院へ行かなければなりません。その時間を定期的に確保することは、なかなか大変なことでした。
「隠す」のは、もうやめよう
26〜27歳の頃には、追い打ちをかけるように白髪がどんどん増えはじめました。出産後は増え方が加速して、「まだ20代なのに恥ずかしい……」と、新たな悩みのタネとなりました。
30代前半には、くせ毛と白髪、両方のメンテナンスを頻繁にすることになり、常に気持ちが追われるハメに。
そうして30代半ばでストレスがピークに達したある日、「いつまでこれを続けるのだろう……」と、それまでなかった疑問が私の心の中に広がっていきました。
「髪は一生伸び続ける。何度も矯正して、染めて……を、死ぬまでやり続けるの?」
髪を自由に伸ばしたり、やってみたい髪型にチャレンジすることをできずにいたこれまでの人生。コンプレックスを隠し通すためだけの、楽しくもない美容院通い――。それらを、生まれてはじめて「もう、やめたい……」と思ったのです。
「本当の自分」をさらけ出した瞬間
そして、白髪染めも縮毛矯正もきっぱりやめてしまいました。
20年近く隠し続けていた一番のコンプレックスをさらけ出すのは勇気がいる一大決心でした。なにしろ、つきあいの長い学生時代からの友人でさえ、私がくせ毛とは知らないくらい、隠し続けてきた「秘め事」だったのですから。
しかし……結果的にこれが大正解!
「自分がもともと持っているものなんだから、必死に隠さなくてもいいじゃん!」と開き直ったとたん、とにかく気持ちがラクになったのです。
くせ毛と白髪は、どちらも「ダメな髪」の代名詞みたいな扱いを受けがち。でも、それを自分の個性として隠さず、活かすことを決めた瞬間に、驚くほど心が解放されました。
「コンプレックスって、考え方次第なんだな」と悟った瞬間でもありました。
「私の髪がこんなきれいなカールに⁉」
そのときから、くせ毛をうまくスタイリングする方法をインターネットで調べては試すことをはじめました。
中でも、一番大きな出会いとなったのが、「カーリーガールメソッド」でした。
日本よりも、ウエーブやカーリーヘアの人がずっと多い欧米で広がった、“くせ毛を活かす”ためのメソッドで、髪を握り込んでカールを出す「スクランチング」や、ジェルでカールをホールドするなど、数年前の当時は、ほとんど聞いたことがないスタイリング法でした。
日本人のインフルエンサーにも、そのメソッドを発信している人たちが数人いて、それも大いに参考になりました。
実際に試してみたところ、ぼさぼさに広がるだけだった私の髪は、しっとりと水分を含んだツヤが出て、きれいなカールの束にまとまって――それまでに一度も見たことのない仕上がり。とにかくびっくり!
「ちゃんと手をかければ、私の髪ってこんなにきれいなカールになるんだ」と、感動したことを覚えています。
カーリーガールメソッドをベースにしたオリジナルの方法論
はじめのころはコツがうまくつかめず、仕上がりがベタベタになったり、場所によってムラが出たりと、失敗することも度々。試行錯誤の連続でした。
でも、それはワクワクする楽しい作業でもありました。なにしろ、自分の髪を触って、いろいろ試すことが楽しいなんて、生まれてはじめてのことでしたから。
矯正して、染めて、とにかく隠すことばかり考えていたときより、はるかにポジティブに自分の髪に向き合うことができたからだと思います。
その後、カーリーガールメソッドをベースに、自分なりに研究してまとまったスタイリング法を、インスタグラムで発信するように。
くせ毛に悩むほかの人たちの参考になれば、という軽い気持ちからスタートしましたが、
「はじめて髪を下ろして出掛けられました」「縮毛矯正をやめる勇気が持てました」など、たくさんのうれしいコメントが届くように。
そこから、イベントやサロンでのカウンセリングなど、いろいろな人たちから声がかかるようになって、今に至ります。
髪が変わるだけで、心が変わる
くせ毛に悩んでいた人たちの表情が、スタイリング後は見違えるように明るくなるので、改めて、ヘアスタイルが人の気持ちに与える影響の大きさを実感。
何か新しい活動をするたびに、それがまた新しいことにつながって、「くせ毛を魅力に変える」輪が世の中に広がっていくのを感じています。
イベントやサロンに来てくれる人たちは、年齢も性別もバラバラですが、「自分のくせ毛とうまくつき合いたい。だから、そのための方法を知りたい」という思いで通じ合っています。
素敵な「勇気」で校則を動かした10代女性
先日は、関西でのイベントに、おばあちゃんと一緒に中学生の女の子が来てくれました。その子はくるくるとした強めカールのショートヘアで、子ども時代の私を見るようでした。
「本当は、くせ毛がいやだったので、縮毛矯正をかけようと思って、がんばって髪を伸ばしていたんです。でも、最近、くせ毛を活かすカットをしてくれる美容師さんにはじめて切ってもらって……自分のくせ毛を個性として好きになれると知りました。
だから、隠すことはもうやめようと思って、自分でうまくスタイリングできるようになりたい」
そんなふうに話してくれました。
中学校に入学したときの自己紹介でも、「私の髪は、パーマじゃなくて天パです。不良じゃないので、仲良くしてください」と、堂々と語ったそうです。
その勇気に感銘を受けた担任の先生は、すぐに親御さんへ電話をしてきてくれたそう。そこで、禁止されていたスタイリング剤の必要性を伝えると、その先生の采配で使用が許可され、教員全員で情報共有することになったといいます。
ありのままの自分を受け入れる
この女の子も親御さんも、自分のアイデンティティを守るために、その方法を調べて、やるべきことをやっている。そして、生徒の心を守るために、先生もできる限りその気持ちを尊重してくれている。
怒鳴られて泣きながら学校の水道で髪を洗った、中学校の頃の私を思い出して、胸が熱くなりました。
くせ毛をコンプレックスにしやすい思春期は、自己肯定感がゆらぎやすい年頃ですよね。そのころに、この女の子のように、ありのままの自分を受け入れる力を持つこと、そのための行動を起こすことができたら、人生が大きく変わるのは間違いないと思います。
私自身、こんな素敵な出会いをもたらしてくれる自分のくせ毛が、今では大好きです。
「自分の髪が好き」という気持ちが自己肯定感に
私のくせ毛は母親ゆずりなのですが、今では母にも「ありがとう!」とお礼を言いたいくらい。それは、誰かが私の髪を褒めてくれたからではなくて、私自身が自分の髪を「素敵」と思えるようになったからだと思います。まさに、自己肯定感そのものです。
人からの評価じゃなくて、自分が“いい”と思えることって、とても大事なこと。
なぜなら、自分の価値を他人の評価にゆだねてしまったら、まさに、中学生の頃の私のように、他者からの何気ない言動から影響を受けてしまい、簡単に自信を失うことになってしまいます。
人の評価で自分の価値を決める――そんな「他人軸」で生きることって、自分の人生を本当に生きていないような気がします。なにより、全然、楽しくなさそうですよね。
でも、「自分が素敵だと思うから」「自分が好きだから」という、「自分軸」で生きていけば、人の評価に惑わされることがなくなって、自分の人生を生きている手ごたえがしっかり感じられそうですよね。
「私は自分のくせ毛もグレイヘアも、素敵だと思う。だから、それを活かした自分でありたい」
そう思える人が一人でも増えてくれたら、こんなにうれしいことはありません。


