
末永幸歩さん
武蔵野美術大学造形学部卒業。東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。中学校の美術教諭としての経験をもち、アートを通して「自分なりのものの見方」で「自分だけの答え」を探究する授業を行ってきた。2020年にアート教育実践家として独立。学校・企業での講演やワークショップの企画実施など多岐にわたる活動を通して、生きることの基盤となるアートの考え方を伝えている。著書『「自分だけの答え」が見つかる13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)は4カ国語に翻訳され、22万部超のベストセラーに。


「本物」に宿る作り手の強い思い
見上げるほど大きな扉を開いた先は、あの見慣れた場所へとつながっていました。ハリーやロン、ハーマイオニーたちが過ごした、ホグワーツ魔法魔術学校の大広間です。子供の頃から「ハリー・ポッター」シリーズを愛読し、映画も楽しんできた私にとって、なんだか「帰ってきた!」と思えるような瞬間でした。
「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京 – メイキング・オブ・ハリー・ポッター」(以下、スタジオツアー東京)は、その名の通り映画「ハリー・ポッター」シリーズの制作の舞台裏を体験できる施設です。ホグワーツの大広間や「動く階段」、ダイアゴン横丁など展示されているセットの数々は息をのむような大迫力。さっきまでハリーたちがまとっていたかのような衣装や、魔法学校でなじみ深い小道具のリアルな質感にも思わず引き込まれます。それもそのはず、すべてが「本物」なのです。スタジオツアー東京の展示物は、実際に映画制作に携わった何百人ものアーティストやクリエイターたちによる「アート作品の集合体」と言い換えることができるでしょう。
絵画や彫刻もそうですが、テレビやスマホ、書籍などを通じて見るよりも、可能であれば実際に展示されている美術館へ足を運び、時間をかけて作品と向き合うことを推奨しています。実物を目の当たりにすることで、その作品が持つ迫力や作者の熱量を体感できるからです。同じことがこのスタジオツアー東京にもいえるのではないでしょうか。
食卓に並んだコップやお皿から、巨大な森のセットまで、あらゆるものが細部まで丁寧に作られています。ものによっては映画の画面にしっかりと映らないにもかかわらず、まったく手が抜かれている気配を感じません。クリーチャーの制作工程がわかるエリアでは、まさに命を吹き込む魔法を見るかのよう。また、ビジュアルだけでなくサウンド面での種明かしも。ドラゴンが翼をはばたかせる音は、どのように作られているか想像できますか? きっと「こうやって音を出していたのか!」と誰もが驚かされるでしょう。こんなにも一つ一つにこだわって「ハリー・ポッター」の世界が作られていたのかと、私自身も感銘を受けました。そして、一見無駄にも思えるような作業の集積が「本物」を作ることだと、あらためて心に刻みました。
J・K・ローリングによってシリーズ第1作『ハリー・ポッターと賢者の石』が出版されたのが1997年、その映画が公開されたのが2001年。それから四半世紀を経て、いまなお新しいファンを取り込みながら、「ハリー・ポッター」シリーズは世界中から愛されています。その理由は、作り手の思いが強く込められているからだと私は考えます。「こういうものが世間にうけるのでは?」とマーケティングの視点から作られた作品よりも、「こういう物語が書きたい」「こういう世界を作りたい」といった、作り手の強い思いによってゼロから生まれた作品のほうが、人の心に届き、いつの時代にも通用する普遍性を獲得できると私は信じています。

新しい世界を開く種がまかれている
私が中学生のとき、赤い機関車の絵を描いたことを思い出しました。イメージしたのはホグワーツ特急です。当時の私は大好きな「ハリー・ポッター」を通じて英国への思いが募り、いつか行ってみたいと考えるようになっていました。その夢をかなえるためアルバイトでせっせと旅費を貯め、高校2年生のときに短期ホームステイで英国へ渡ることができました。
それは私にとってとても大きな出来事でした。現地で驚いたのは、日本では当たり前とされていても、外国ではそうではないというケースがあることです。未知の国を旅して新しい価値観に触れたこと、そして文化の違いに興味を持てたことは、その後の人生に少なからぬ影響を与えました。私がアートにひかれる理由は、アーティストが常識を打ち破り、自分なりのものの考え方を見せてくれるからです。そのきっかけを作ったのはホームステイの体験であり、大好きな「ハリー・ポッター」だったのです。
ホグワーツ特急をきっかけに私が英国へ旅立ったように、いまの子供たちにとっての新しい世界を開く種が、スタジオツアー東京のあちこちにまかれています。家族でお出かけの際、子育て世代の皆さんは、子供たちが展示を見るペースに合わせてあげてください。そうすれば、子供ならではのものの見方に気付いたり、たとえば「見て、この衣装は、ここだけすごくすり減っている!」といったような、クリエイターたちの細部へのこだわりを発見できたりするはずです。
子供の知的好奇心は、ほんの少しの刺激でどんどんあふれてきます。映画を見て「どうやって撮影しているんだろう?」と疑問に思ったことなど、貪欲に知りたがるもの。肖像画の中に入ったり、空飛ぶほうきに乗ったりと、映画の登場人物になりきれる体験展示を通じて、「アイデアと技術を掛け合わせればできないことなんてない!」と気が付くでしょう。スタジオツアー東京でクリエイティブの真髄に触れたことをきっかけに、これまで隠れていた子供の興味関心が大きく広がっていくかもしれません。

人間だけが持つ思いや熱量を大切に
子供たちの「未来を生きる力」を育てたいと誰もが考えています。そうした中で、「何歳でこの習い事を始めて、何歳から受験の準備をして、いい学校に入って……」と、型にはまった教育観にとらわれないようにしたいものです。子育てや教育の仕方は、世界的に見れば多種多様。何がどう転じるかは誰にもわかりません。子供のペースや興味関心を尊重し、その世界を広げてあげることが大切なのではないでしょうか。
予測不能で変化の大きないまの時代、「アート思考」を養うことが未来を生きる力になると私は考えています。アート思考とは、「自分だけのものの見方」で世界を見つめ、「自分なりの答え」を作り出すための作法です。人から与えられたミッションをこなしたり、数字で測れる業績を追い続けたりする生き方もあるでしょう。けれどそうしたことだけに力を注ぐのではなく、自分自身がどう感じるのか、どうしたいのか、そこにどれだけの熱量があるのかと自分の心に向き合うことが、より良く生きる原動力となるのではないでしょうか。AIが簡単に答えを導き出す時代だからこそ、子供たちには個々の人間だけが持つ思いや熱量を大切にしてほしいと考えています。
スタジオツアー東京は、それを育んでくれる場所だと思います。将来どんな仕事に就こうとも、映画「ハリー・ポッター」の制作の舞台裏を体験することでアート思考を養った子供たちなら、力強く未来を生きていくことでしょう。
Warner Bros. Studio Tour Tokyo – The Making of Harry Potter.
All characters and elements © & TM Warner Bros. Entertainment Inc. WB SHIELD: © & TM WBEI. Publishing Rights © JKR.
