現在は待機児童が発生中

南相馬市は福島県の太平洋沿岸「浜通りエリア」にあります。市の南部は福島第一原子力発電所から20キロ圏内にあり、私が事務長を務める「よつば保育園」は原発から約25キロの距離にあります。東日本大震災での原発事故では、保育園の周辺も「緊急避難準備区域」とされ、残って住み続けるか避難するかを自己判断で決めなければならなくなりました。事故当時は「基本的に子どもは住まないほうが望ましい」とされた地域です。

よつば保育園も一時的に休園となりましたが、原発事故の翌年2012年9月末に避難準備区域から解除され、その間に土地建物の除染は済んでいたため、まもなく再開できました。200人近くいた園児は一時20人ほどにまで減りましたが、現在は約250人にまで増え、さらに希望者がいるため待機児童が発生しています。

出生数は震災後にどんどん回復

なぜ南相馬市で子供が増えているのでしょうか。元々、南相馬市は「子育て環境がいい」といわれてきた地域でした。たとえば震災前の合計特殊出生率(生涯に産む子供の数)は「1.88人」という高い水準だったのです。

震災前の南相馬市では、一年間に約750人の新生児が生まれていました。それが震災後、約300人にまで落ち込みました。避難時はもちろんのこと、避難所から帰還した後も、胎児への放射線の影響を心配して子作りを控える人が多かったからだとみられています。

こうした変化を聞くと、「出生数は減少したまま回復しないのでは」と考える方がいるかもしれません。事実は違います。ここ数年で、妊婦が目立つようになり、最終的には年に約400人の新生児が生まれるまで回復しています。

この約400人の新生児のうち、保育園に入園しているのは約70人です。残りの330人は、家庭で育てられているか、待機児童になっていると考えられています。

「今が産むチャンス」

現在、南相馬市では、行政、企業、民間団体が力を合わせ、「産みやすく、育てやすく、産んでも働きやすい」という三位一体の施策を進めています。

行政の取り組みのひとつは、「保育園(所)保育料の無料化」です。子供の数を増やすうえで、重要なポイントは、一人目の子供を産むハードルを下げることです。一人目をもうけるまでが大変だと、二人目まではなかなか至りません。一方で、一人目を安心して産み育てた方は、積極的に二人目を生む傾向にあります。特に、この「保育園(所)保育料の無料化」は期間限定となってしまう恐れがあるため、「今が産むチャンス」と考える保護者もいらっしゃいます。3人きょうだいは珍しくなく、なかには5人目をもうけた方もいらっしゃいます。

充実した子育てサービスを提供するためには、保育士の確保も必要です。このため南相馬市では「保育士宿舎借り上げ支援事業」を行っています。対象は2015年以降に採用された職員で、事業者が借り上げた宿舎の家賃を上限7万円まで補助するものです。

事業の目的は、就労者の確保とそれにともなう税収増加ですが、家賃補助を行うことで、実質的に保育士の可処分所得を増やすことができます。さらに「空き家」に人を呼び込むことができれば、空き家問題の解決にもなります。

当面は5年間の時限事業となっていますが、この制度が地域への「マグネット」となり、さらなる求人効果と人材の定着効果が出ることを期待しています。

放射線への「正しい知識」

原発事故のあと、南相馬市では「除染」を行いました。除染とは、放射線に汚染された地域の環境を回復するものです。除染後、市街地の公共施設などには現在の空間放射線量を示す「モニタリングポスト」を設置し、放射線の「見える化」を行いました。

放射線への「恐怖」は、暗闇のオバケにたとえることができます。「見える化」が行われていないと、「オバケがいるかもしれない」と思って、前に進むことができません。しかし「見える化」ができていれば、安心感をもって日々を過ごすことができます。そのためには「正しい知識」も重要です。南相馬市では、有志やNPOを通じて、放射線への正しい知識を身につけるための勉強会を何度も開いてきました。

「見える化」と「正しい知識」によって、それぞれが自らの判断で行動することが大切だと思います。

育児休暇の取得を推奨

こうした動きを受けて、企業も、人材の流出を防ぐために本腰を入れ始めています。育児と仕事の両立を目的として、労働時間の短縮に努めたり、育児休暇の積極的な取得を進めたりしている企業が、南相馬市でも増えつつあります。

一般的にこれまでは育児休暇を取りづらい雰囲気がありました。しかしそのままでは十分な人材が確保できなくなっています。育児へのサポートの充実は、離職防止に効果があることが伝わるようになってきました。そのため子育てのしやすい職場環境をもつ企業が増えています。いまでは多くの企業で、子供が熱を出した場合でも、躊躇せずに子供を迎えに行くことができる態勢があります。

震災後、子供連れの集える場所や遊び場が、充実してきています。これは「子供を産んでも相談できる人がいない」という悩みの解決になります。こうした保育環境の充実は、民間団体やNPOの支援のおかげです。

ベテラン保育士の活用がカギ

また、よつば保育園では「病後児保育」に取り組んでいます。これは風邪などで発熱した後、いわゆる「病み上がり」の時期、病後児のために別棟で専用保育を行うものです。残念ながら、「病中」にお預かりすることはできませんが、「病後」に対応することは、感染拡大を防ぐだけでなく、保護者の負担を減らし、安定勤務につながるものだと考えています。

南相馬市では、まだまだ保育のニーズがあります。一日でもはやく待機児童を解消しなければならないと思います。そのためには、保育士の確保と安定雇用が必要です。ひとつの解決策は、ベテランの保育士が安心して働きつづけられる環境整備です。よつば保育園は本人から退職の申し出がないかぎり、定年後も再雇用で働くことのできる環境を整えています。保育園によっては、ベテランの保育士が不足しているため、新卒の保育士が初年度から担任をもつことになり、負担の重さから早期離職してしまうケースが増えているそうです。バランスのとれた人員配置を行うことで、早期離職を防ぎ、人材の定着が図れます。

「少子化対策」になにが必要か

震災を経験した南相馬市の若い世代、いわゆる「ミレニアル世代」は、安心できる環境があれば子供をもうけたいと考えているようです。その背景には、家族をつくることが社会保障につながる、という考え方もあるようです。世代をこえた「同居」や「近居」も増えています。家族や地域で助け合う。そんな一昔前であれば当たり前だった考え方に、あらためて注目が集まっているようです。

いま日本全国で「少子化」が問題になっています。南相馬市の経験からいえることは、若い世代は「産みたくない」わけではないということです。むしろ「産みたいけど、産めない」と考えている人が少なくありません。周囲がやるべきことは、「産みたくなる『安心スイッチ』をいかに入れるか」だと思います。

産みやすい環境作り → 育てやすい環境作り → 働きやすい環境作り

という三位一体で考えることが重要ではないでしょうか。どれかひとつが欠けても、このサイクルはうまくいきません。南相馬市でできたことは、ほかの自治体でもできるのではないかと思います。

被災地の正しい情報に理解を

これまで南相馬市に住む私たちは、全国からたくさんの応援をいただいてきました。そうした応援に応えるため、地域の今の姿を、正しく皆さんにお知らせできればと考えました。いまでも不正確な情報をもとに、一部の地域で避難者への偏見、誤解、いじめがあります。ひとりでも多くの方に、被災地の正しい情報を知っていただきたいと思います。

よつば保育園:福島県南相馬市原町区西町にある私立認可保育園。1989年設立。震災前に約200人いた園児は、震災後20人ほどにまで減ったが、現在は約250人にまで回復。2011年に3歳未満児専用の新しい施設を追加。職員数は約50人。