──日本各地に残る姥捨山伝説。歩けない老人を山奥に捨てる慣習に種々のエピソードが加えられて今日に至っている。今、家族が会いに行くのが極めて困難な場所に、寝たきりの親を置き去りにする施設の建設が進められているとしたら……。

「天城越え」が必要な70キロ離れた救急病院

静岡県南伊豆町に、東京都杉並区が6億2400万円を拠出し、さらに年間600万円の運営費を出す予定となっている特別養護老人ホーム「エクレシア南伊豆」(仮称)が、今夏、入所者の募集を開始する。

なぜ、都心の杉並がわざわざ南伊豆に特養をつくるのか。地元の杉並区民から大きな疑問の声があがっている。

「南伊豆には、健康学園という杉並区の施設がありました。健康学園は喘息や肥満など健康上の障害がある児童が集められた全寮制の施設でした。当時、クルマで4時間以上もかかる南伊豆に、肥満というだけで子供を送る親に『育児放棄ではないか』と非難の声があがっていたのです」

と話すのは、代々、杉並区で暮らし福祉施設で働く男性だ。杉並区が特養をつくると聞いて、「この特養は姥捨山だ」と確信したという。

「特養に入るには要介護3以上という条件があり、実際には要介護が4か5の人が中心です。そのレベルだと認知症が相当程度進んでいて、自分で正常な判断をすることは困難。いくら特養が足りていないからといって、南伊豆の特養に放り込むというのは、姥捨山と一緒です。気軽に家族と会うことなど絶対に不可能。入所者の死に目にも会えないでしょう。なぜ、よりによって南伊豆を選んだのか」

今回、私たちは、この怒りの声をもとに、調査と取材を開始した。

大自然豊かな南伊豆の航空写真。西からの季節風が強く風力発電が行われている。(時事通信フォト=写真)

実際に、杉並区役所から(南伊豆特養に近い)南伊豆役場までどの程度かかるのか。グーグルとヤフーの経路検索機能を使って計算をしてみた。まずクルマで向かうと、3時間40分から5時間20分(4月22日午前10時に出発)かかるという。では、電車ではどうか。特養の入所者は低所得者が多く、新幹線や特急を使って向かうことは考えにくいが、その場合でも3時間54分かかる。もし、特急料金がかからないように公共交通機関を利用して向かうと5時間26分かかる結果となった。高齢者が日帰りするには絶望的な距離だが、区の担当者は、「家族の立ち寄りの際には、宿泊を想定し、特養内に宿泊できる施設をつくった」という。また家族の立ち寄りは「多くて月1回」の見込みだという。入所者の容態が悪化しても、急遽駆けつけることはほぼ不可能なのは間違いない。では、病院など医療体制は万全なのだろうか。

「かつて近隣に共立湊病院があったのですが閉鎖しました。現時点では特養で何か起きた場合、2次救急(中等症患者)は、隣の市にある下田メディカルセンターへ、3次救急(重症患者)は、車で片道1時間半以上(約70キロ)かかる順天堂大学医学部附属静岡病院まで『天城山を越えて』行く必要があります」(堀部康杉並区議会議員)

介護度が高い入所者は、病院に緊急搬送されるケースが多く、杉並区の特養と比べて全く心許ない状態だ。