宿題は家庭教育の自由を侵害?

大統領は廃止を唱えるが、宿題を歓迎する親も。(写真はイメージです・PIXTA=写真)

フランスで今、小学生の宿題をめぐる論争が盛り上がっている。その発端は、フランス最大の保護者団体が2012年3月に行った、2週間の「宿題ボイコット」。宿題は子供にとって苦痛なだけで効果が薄く、しかも移民の子は親に勉強を見てもらえないなど、家庭による教育格差をも拡大するというのがその主張だった。

さらに同年10月、フランソワ・オランド大統領も、教育改革の一環として公立小学校での宿題廃止を提言した。じつはフランスの公立小学校では、記述を伴う宿題が法で禁じられているが、最近は学力向上をめざす教師が、独自の判断で宿題を出すことが増えていた。

宿題が家庭学習の要とされる日本から見ると、こうした議論は奇妙に思える。だがその背景には、フランス革命以来の公教育に対する考え方があると、中央大学文学部の池田賢市教授は指摘する。

「フランスの公教育の大原則は、『公私の明確な区別』と『知育中心主義』です」と池田教授は言う。学校は公的領域、家庭は私的な領域であり、それぞれの場での教育は別のもの。その結果、学校の宿題が家庭の時間に侵入するのは、公による私の自由の侵害ということになる。また、知育は教師という専門家が行ってはじめて質を保証できるもので、家庭は家庭でしかできない徳育に集中するべきだ、とも考えられている。

こう説明されると、宿題廃止論もそれなりに筋が通っている気がしてくる。とはいえ、高所得層や高学歴層を中心に反対の声も大きく、ある世論調査では回答者の68%が大統領の提案に反対だった。フランスを二分する宿題廃止論争、どんな結果に落ち着くのか。