いっぺんに好きになった、談志師匠との出会い

山本益博氏

【山本】談志師匠の「文七元結」。これが僕が談志師匠と初めて会うきっかけだったんです。朝日新聞に「寄席だより」というのを20代の後半からなぜか書かせていただいた。その中で、紀伊国屋寄席でやった「文七」がすばらしかったと書いたんです。どこがすばらしいかっていうと、文七に金をやろうかやるまいか、どういう風にしようかと逡巡する長兵衛が、江戸っ子じゃないんですね。ほんとに人間そのものが、ある窮地に追い込まれたときに、最後にお金をやるとかやらないとか頭の中でわからなくなって、ここの現実、現場から逃げ出すには、とにかくお金を投げつけていなくなるしか自分がいたたまれないと思って投げつけるというのが、談志師匠の新しい解釈だと思ったんです。

談志さんは、「江戸っ子の美学をやるようで俺はあんまり好きじゃないんだ」と言いながら、やってる内容は誰よりもすごくリアルで、よかったんですよね。そのことを書いたら、談志師匠が喜んでくださったみたいで、間をとってくださった方が引き合わせてくださった。それでどこかの独演会が終わったあと間に入った芝清之さんという浪曲研究家で落語の大好きな方に、引き合わせてもらったんです。談志師匠は着替えてジーンズなったところで、楽屋で畳に座っていた。僕が立って入っていくと、畳に頭をすりつけるようにしてお辞儀したんですよね。僕は、それでいっぺんに好きになってしまいました。こんなにお辞儀の丁寧な落語家がいるのかと思って。談志師匠は高座に出てきてもお辞儀がきれいでした。

【元木】昔、寄席に行ったとき、出てくる噺家たちのお辞儀がきれいなのに感動したと言ってます。その影響できれいなお辞儀をするようになった。

【山本】本当に丁寧できれいですよね。

【元木】弟子にも「お辞儀だけは丁寧にしろ」と教えてたみたいですね。

【山本】お辞儀を見ると、あの人の気持ち、性根が全部出ている。それが好きで、談志師匠の「文七元結」は機会があるたび聴きました。時間をはかって聴いていると、文七を説得するときの時間がいつも違うんです。5分ぐらいでお金やっちゃうときと、5分かかってもまだ口説いてるときと、そのときの気持ちが自分も追い込まれないとお金を投げつけるまでいかないんですね。それで、ようやく投げつけて逃げるようにして帰ります。

文七が戻ったら50両が戻ってるじゃないかってことで、えらい騒ぎになって、ようやく理由がわかって、だるま横丁にみんなが行くと、「長兵衛親方のお家はどこでしょうか?」と。「行ったらわかりますか?」と言うと、「昨日からよっぴて、喧嘩してるから」。そこで場面転換になって、そこに現れたときにけんかのやり取りがほんの少しあるんですが、夫婦が疲れてないんですよ。これが問題です。昨日からよっぴて同じことを繰り返してるという、あきれ果てるくらいくたびれている長兵衛親方じゃないんですよ。今、けんかが始まったばっかりっていうくらいに威勢がいいんです。

だから談志師匠に伝えたことあるんです。「『昨日から何度も言ってるだろう。50両はやった金なんで、ばくちですっちまった金じゃねえんだ』というようなことを、よっぴて言ってるうちにくたびれ果てちゃって、夫婦げんかしながらお互いが疲労困憊してるという感じが出ないと、せっかくそれまであった内容が、ないですよ」と僕が言うと、「そうだな」と言ったんですよ。「そうだなあ」と言ったあと文七がまた聴けなかった。本人がきっとそこをやってくれたのに違いないのに。誰の演出でもやってないでしょう? あれがあるとものすごく長兵衛親方の根が真面目なのと、間違ったことはやってねぇよと、でもおかみさんはそれを信用しないよという……。

【元木】夜っぴて大げんかしてたわけですからね。

【山本】そこのとこに文七とお久が現れると、ものすごくドラマチックじゃないですか。やっぱりそうだったのかとなって、お客さんが聴いてて喜ぶ。

【元木】「芝浜」でも、浜で42両拾って、その晩仲間を集めてドンチャン騒ぎするわけです。でも拾ったのが夢で盛大に飲み食いしたのは夢じゃない? 呼ばれた連中がいるわけだから、そのうち勝もおかしいなと気づいたんじゃないか。だけどあれは勝の優しさで、カミさんの野郎と思ったけど、オレのためを思ってウソをついたんだと許していたんじゃないか。そうした思いが大晦日の場面につながっていくという解釈もあるのではないでしょうか。

【山本】そうです。だから「芝浜」は未完成です。あれを神格化、神が下りたなんていうふうにそこで終わらせちゃいけないです。

【元木】そういうことを含めて談志さんっていうのはいろんなことに挑戦してきた……。

【山本】天才だからこそ。死んでから天才って言ったら遅いんですよ。早くから言えと。

【元木】自分で「天災」だと言ってた。

【山本】天の災いと、自分から言ってましたね。

【元木】突然変異の化物だとも言っていたけど、たしかにそういうところはあった。

【山本】この40年間、僕はほんとにいろんないいものを聴かせてもらいました。途中ブランクはありますけど。談志さんの噺でとても残念だったのは、その「芝浜」のサゲを変える、「文七元結」の夫婦げんかで疲れ果ててる姿、もう一つが「大工調べ」。

実をいうと、学生時代に一番先に聴いた談志さんの高座が、新宿末広で聴いた「大工調べ」だったんです。与太郎がものすごくモダンな演出だったんです。ただバカで間抜けでというんじゃなくて、これはすばらしいと思った。

それについて以前、僕は原稿を書きました。でも『談志一代記』の吉川潮さんとの座談会で言ってます。「大工調べ」で棟梁が道具箱を取り返しに大家のところに駆け込みに行くと、すごく正論をぶつけて、道具箱をなんとか取り返したときに、「与太、お前もいってやれ」って言うじゃないですか。そのときに、与太が大家の味方になっちゃうんですって。「棟梁それちょっとおかしいよ」って言い出しちゃったっていう。「だから最近はやってる最中でも落語が変わっちまうんだ」と言ってるんです。その「大工調べ」を聴きたかったなぁっていう気持ちがものすごくあるんです。だってそれは談志師匠しかできないんですから。

落語をやっていながら、自分が矛盾に気がついたところを、ある瞬間、高座の中でも直してしまえる天才でした。だから型が決まってて、ストーリーを絶対守ってサゲまで持ってかなきゃいけないなんて、そういうのだけが落語じゃないということを、初めて示してくれた人じゃないか。談志師匠はそういう人ですよね。

<『立川談志を聴け』の著者・山本益博氏、特別対談のお知らせ
立川談志1周忌追悼プロジェクト「映画 立川談志」(松竹)の公開を記念して、山本益博氏と放送タレントの松尾貴史氏のトークイベントが行われます。
・日時:12月22日(土) 15:20頃~(13:30~の回 上映終了後)
・座席指定券:11月21日(水)発売
・場所/問い合わせ:東京 東劇(03-3541-2711)

スクリーンで観る高座 シネマ落語&ドキュメンタリー「映画 立川談志」
~読んでから観るか、観てから読むか!? ──天才談志の落語哲学 ~

・2012年12月8日(土)~東劇・なんばパークスシネマ先行上映
・2013年1月12日(土)全国公開

詳しくは 
http://cinemarakugo-danshi.blogspot.jp/