金融サービスの枠を超えデジタルを活用したイノベーションの創出に取り組む三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)のグループCDIO磯和啓雄氏と、『機動戦士ガンダム』シリーズのプロデュースなどで知られるバンダイナムコホールディングスのシニアアドバイザー 宮河恭夫氏。今回は、それぞれの業界でイノベーションの立役者として注目を集める二人を招聘し、オープンイノベーションのあり方などについて縦横に語り合ってもらった。二人が見出した共通点とは?

目指すのは「もっとイノベーションが起きる」企業風土づくり

――SMBCグループは社内SNS「みどりの広場(ミドりば)」やDX情報発信メディアの「DX-link(ディークロスリンク)」を活用し、DXに積極的な金融機関と評価されていますね。

【磯和】今でこそデジタルで注目されるようになってきましたが、10年前にはメガバンクで最下位だったと思います。それが変わったのは危機感からです。規制改革によって銀行業界に楽天、ヤフーなど非金融のデジタル企業がどんどん入ってきた。一方、規制改革によって銀行にも事業会社への出資がある程度認められる方向になってきましたから、私たち金融サイドからもデジタルを中心に新しいサービスを提供しようという流れになっています。当社の場合、ほぼ毎月、社内から新規事業のアイデアを募り、新規デジタル事業のプレゼンやその場で審査を行う「CDIOミーティング」を開いていますが、そうしたことを通じて、もっとイノベーションが起きてくる風土にしたいというのが私の偽らざる本心です。そこで社内に向けて「Empower Innovation(エンパワー・イノベーション)」と説いています。

磯和啓雄(いそわ・あきお)
三井住友フィナンシャルグループ 執行役専務・グループCDIO
三井住友銀行 専務執行役員
1990年東京大学法学部卒業。入行後、法人業務・法務・経営企画・人事などに従事した後、リテールマーケティング部・IT戦略室(当時)を部長として立ち上げ、デビットカードの発行やインターネットバンキングアプリのUX向上などに従事。その後、トランザクション・ビジネス本部長としてBank Pay・ことらなどオンライン決済の商品・営業企画を指揮。2022年デジタルソリューション本部長、2023年より執行役専務 グループCDIOとしてSMBCグループのデジタル推進を牽引。

【宮河】それはいいですね。うちも021Fundというスタートアップ投資ファンドをつくり、面白いベンチャーを世界中から探してきて投資をしています。磯和さんは、新事業の審査では何を重視されているんですか?

【磯和】やる気とマーケット調査、それとスピードですね。最近だと、組織力向上のためのプラットフォームを提供する「SMBC Wevox」という合弁会社は、2023年4月に企画が出てきて、7月にはプレスリリースを発表しています。即決でお金をつけて調査して、来月かその翌月にやるかやらないかを決める、というくらいのスピード感でやっています。デジタルの世界では、ぐずぐずしていたら誰かに先を越されてしまいますから。

宮河さんが投資で重視していることは何ですか?

【宮河】必ずする質問の一つが、「最悪でいくらくらいの損失になるのか」ということ。よく企画書の最後にエクセルでつくった事業計画書がついていて、「3年後に単年度黒字化」なんて書いてあるんですけど、どうせその通りになんかならないですから(笑)。もう一つする質問が、「誰が骨を埋めるのか」ということです。

【磯和】本気になっている担当者がいるかどうか。その人が失敗したら仕方がない、ということですね。

【宮河】ええ。その企画を、例えば新会社に移籍してまで手掛ける気概はあるのか、ということです。アイデアだけ出して「誰にやらせましょうか?」なんて言ってるのはダメですね。何年か前にプロバスケットボールチームの「島根スサノオマジック」の経営権取得の話が来たときは、「僕が骨を埋めます」と言う社員が出てきたこともあり、それならとゴーサインを出しました。

宮河恭夫(みやかわ・やすお)
バンダイナムコホールディングス シニアアドバイザー
1956年、東京都生まれ。東京経済大学経済学部を卒業後の81年、バンダイ入社。サンライズ社長、バンダイナムコピクチャーズ社長などを経て、2019年からバンダイナムコエンターテインメント社長。同時にバンダイナムコホールディングス取締役としてネットワークエンターテインメントユニットやデジタル事業などを担当。23年6月からバンダイナムコホールディングス シニアアドバイザー。

【磯和】そこは私もまったく同じ感覚です。社内でアイデアを出した人間が社長として社内ベンチャーを立ち上げる取り組みをやっています。これを「社長製造業」と称しているんですが、前述の「SMBC Wevox」もですし、2023年に設立した、デジタル請求・回収業務の会社「BPORTUS(ビーポータス)」でも、社内公募で社員からトップを選びました。

アイデアの当否を判断するのは「銀行の常識」ではなく、消費者の声

――SMBCグループでは米シリコンバレーに若手を駐在させたり、渋谷にオープンイノベーション拠点「hoops link tokyo」を立ち上げたりといった、共創の取り組みも積極化しています。

【磯和】デジタルは何でもつなげられるのが強みなので、「Beyond & Connect(ビヨンド・アンド・コネクト)」と称して、「いろいろなところとつながり、国や業種を超えていこう」と言っています。「hoops link tokyo」でもスタートアップと一緒に飲み会をやったりして、そこから新しいビジネスも誕生しているんですよ。

【宮河】そこはすごく共感します。デジタル化が進んだことで、自社の中に閉じこもらず、外部と積極的に関わることがますます大事になってきています。2年前にEV(電気自動車)の開発でソニーグループとホンダが手を組むと聞いた時にはびっくりしましたが、今必要なのはこの感覚です。

【磯和】昔は同質であることが日本企業の強みでしたが、今は多様性が強みになる時代ですね。10年前、僕がデジタルで最初に手掛けたのが、銀行のみならず証券やカードもつなげて一覧で残高などを表示する「ネットワークアプリ」の開発でした。銀行員ばかり7人のチームでスタートしましたが、本格的なプログラミングはできないので外部から人材を集めるしかない。すると「社内ではスーツ着用」という当時のルールが障害になるんです。「うちの部だけ私服でいいことにしてくれ」と会社に掛け合いましてね(笑)。

ところが社内はみんな大反対です。一番反対したのが人事部ですよ。それで当時の社長に直訴して、「いいんじゃないか」というお墨付きをもらったんです。おかげで外からいろいろな人が来てくれて、成功できました。今では全社で私服OKになっています。

【宮河】よくわかります。ところで、外部からの人たちとのコミュニケーションでは何に気を付けましたか?

【磯和】外から来てもらった人たちのアイデアの良しあしを、僕が判断してはダメだということは強く感じました。彼らから出てくるのは、銀行の常識からいったらアウトなアイデアばかりなんです(笑)。でもそれを全部「NO」と言っていたら、外の人を呼んだ意味がない。

そこで「とにかくお客さんの反応を見よう」と、新サービスを顧客に使ってもらうための一角をつくったんです。一見すると銀行の施設とはわからないようにしました。やはりコンシューマー向けの商品は、触ってもらってインタビューするのが一番いい。ボロクソにけなされる場合もありますが、「これ、面白いね」と評価してもらえる場合もある。銀行の常識で判断すると間違えるので、リアルな消費者に答えを求めることが大事なんです。

【宮河】おっしゃる通りだと思います。エンターテインメントで言うなら、「ファンのみなさんの声」の中に答えがあるんですよ。

私たちが「みんなが反対するなら成功する」と考える理由

――宮河さんは外部パートナーなど9社が参加して製作し、2024年3月まで横浜の山下ふ頭で公開されている「実物大の“動くガンダム”」プロジェクトの仕掛人といわれていますね。

【磯和】僕も映像を見せてもらいましたが、むちゃくちゃリアルですね。「うわあ、ほんまにガンダム作りよった。すごいなあ」と感嘆しました。

【宮河】ありがとうございます。まずは放送開始30周年の記念事業として東京・お台場に約18mの実物大のガンダム立像を製作したんですが、40周年に当たり今度は「実際に動く」ガンダムを作ったら面白いだろうなあ、と発想しました。こういう場合、元請け企業を決めてそこに依頼するのが楽なんですが、僕はそれぞれ得意分野を持った会社や専門家たちが「力を合わせて作り上げる」形にしたかった。産業機械メーカーからアート関係まで、違う業種の企業がいくつも集まると、それはもう使う言葉からして違うんですよ。作り上げる作業は本当に面白かった。

©創通・サンライズ

【磯和】まさにオープンイノベーションですね。ただ、誰もやったことがないプロジェクトだけに、事前には反対意見も多かったのではないですか?

【宮河】僕は好奇心が強くて、誰もやってないことをやるのが楽しくてしかたないんです。でも、おっしゃる通り、新しいことをやろうとすると抵抗がめちゃくちゃ強いんですよ。

【磯和】やっぱり、反対されましたか(笑)。

【宮河】「またこんなことやるのか」と言われて。30周年の実物大ガンダム立像の時も反対意見が多く出ました。その時は「費用対効果が見えない」という反対意見に対し、「うちは『夢・遊び・感動』を提供するエンターテインメント企業じゃないですか」と説得して実現したのですが、結果として大評判になり52日間で415万人集まったんです。やってうまくいくと、それまで反対していた人たちがパタパタと賛成に変わっていくので、それが楽しいですね。

【磯和】みんなが反対するなら成功するんじゃないか、という感覚は僕にもあります。商売は最後には勘だと思います。関係者全員が「これはいい」と納得するような企画は、競合他社も同じことを考えますから、早晩レッドオーシャンに突っ込み結局は儲かりません。マーケット調査の裏付けがあり、当事者にやる気がみなぎっているなら、みんなが反対することにこそチャンスがあるんです。

今日は共感するポイントが多くて楽しい対談になりました。宮河さん、ありがとうございました。