企業内起業で0から1を創るインキュベーションの支援を掲げ、創業から5年半で106社、1万2200件もの新規事業支援を行ってきたアルファドライブ。本年2月には1から10、ないしそれ以上に事業を育てるアクセラレーション支援部門「AlphaDrive AXL(アルファドライブ・アクセル)」を新設し、すでに多くの案件が稼働中という。同社執行役員の加藤隼氏にその経緯を伺った。

創設10カ月で20件超のアクセラレーション支援を実施

――インキュベーション支援で知られ、2018年の創業から5年で100を超える新事業を誕生させたアルファドライブが今回、ネクストフェーズとなるアクセラレーション支援に乗り出しました。

【加藤】これまでインキュベーション支援を行っていた顧客企業のみなさんからは、かねて「『1から10以上』のアクセラレーションフェーズでも支援を継続してほしい」というご要望をいただいていました。しかしアクセラレーション支援で求められるケイパビリティは、インキュベーション支援とは大きく異なります。そのためリソースが十分でなかった創業当初はそこにコミットできませんでした。

加藤隼(かとう・じゅん)
株式会社アルファドライブ
執行役員
イノベーション/アクセラレーション事業管掌
2013年、ソフトバンク入社。法人営業の傍ら、自社商材を核としたJVによる新事業スキームを顧客に提案し採択。同事業の責任者として事業立上げを牽引。孫正義社長の次世代経営者育成機関「ソフトバンクアカデミア」にも所属。2016年、ディー・エヌ・エー入社。メディア事業での事業開発に従事。DeNAと小学館のJVによるキュレーションメディア事業再建プロジェクトに携わり、ゼロからの事業再建を牽引。2019年、アルファドライブ入社。

そうしている間に、0から1まで到達したにもかかわらず、それ以降に事業化に行き詰まって撤退するという事例が出てきました。0の状態から1まで行き、期待が高まった段階で撤退となると、各社の経営陣も「新規事業はお金の無駄だ」と思ってしまいかねません。

そこでアクセラレーション支援に特化した専門組織を作る準備を始め、今年2月に「AlphaDrive AXL」をローンチしたのです。

――すでにアクセラレーション支援自体は複数社で進んでいるんですね。

【加藤】ええ。インキュベーション支援ではメンターによる伴走指導が中心でしたが、アクセラレーション支援ではそれに加え、機能支援、実働支援も実施していきます。

具体的には今回新たに創設する複数のスタジオと連携することで、プロダクトの開発支援、セールス支援、カスタマーサクセス支援、マーケティング支援、リサーチ支援等をワンストップで提供していきます。

現時点で20~30案件のアクセラレーションフェーズを支援中ですが、0→1フェーズで支援を行っていた顧客がそのまま1→10~フェーズに移行するケースが多く、一般的な認知度はまだまだです。創業以来、インキュベーション支援についてのマーケティング活動を活発に行ってきた結果、「0→1支援に特化したアルファドライブ」という認識が広まっていたこともあるでしょう。

アクセラレーションフェーズ特有の課題とは

――0→1で事業化できた後にも撤退してしまう事例があるとのことですが、新規事業開発において、1→10~フェーズではどのような問題が発生しがちですか?

【加藤】1→10~フェーズは、0→1フェーズに比べ、事業化に向けてよりハードな段階に突入します。

0→1フェーズでは、やろうとしている事業が本当に成り立つのか検証するため、ターゲットとなる顧客層にヒアリングし、できる範囲内でプロトタイプをつくってニーズを見きわめます。まだ経営レベルで事業化の決定がなされていない段階なので、期間を限定し、少額投資でリスクヘッジしながら進めます。

これに対して1→10~フェーズでは、経営陣も本気で事業化を想定しています。それまで「消えてもしかたない」と思われていた事業のシーズが、「期待の新規事業」という位置づけに変化し、チームには「ちゃんと立ち上げてもらわないと困る」というプレッシャーがかかってきます。

チームとしても全方位的にやるべきことが増えてきます。0→1ではプロトタイプをつくってお客様に評価してもらえばよかったものが、1→10~になると事業化のためのプロダクトを作らないといけません。マーケティングやセールス、ファイナンスも必要になってきます。いずれも専門性が求められ、うまくモノづくりができなかったり、マーケティングができなかったりするため、せっかくの事業の芽が育たず、撤退に追い込まれることも珍しくありません。

――1→10~フェーズでは、どのような支援が必要になってくるのでしょうか。

【加藤】第1としては、0→1フェーズと同様に、新規事業立ち上げ経験を持つメンターによるアドバイスです。

1→10~フェーズではチームに未経験のタスクが大量に降りかかるため、あまりにも忙しくなりすぎ、何をすべきか方向性を見失いがちになります。最初に出したプロダクトがうまくいかないとき、商品をチューニングして顧客の要望に合わせるのか、それとも別の顧客を開拓するのかといった判断も、判定役がいないと見きわめは困難です。そのような場面で、社内外を問わず過去に新規事業を立ち上げた経験のあるメンターがいると、視野はぐっと広がります。

第2に必要なのは、プロダクトづくりやマーケティング等の専門性を備えたチームによる支援です。事業化はアイデアだけではうまくいかず、各分野の専門家によるサポートが必要になるからです。

――メンターの存在が鍵を握るわけですね。アクセラレーション支援におけるアルファドライブの特長はどこにありますか?

【加藤】最大の違いは、伴走メンタリングメンバーのクオリティでしょう。全員が起業経験を持つか、社内新規事業立ち上げの経験者です。ゼロから新規事業を立ち上げ、数十人の事業部に育てた人、社内シリアル・アントレプレナーとして複数の新規事業を立ち上げた人、自ら2社を起業して育て、億単位でバイアウトした人などが揃っています。

新規事業における成功も失敗も経験した先輩起業家が自然に行っている判断や発想が、初めて新規事業を立ち上げる社内起業家にとってどれほど役に立つか、実際に経験すると深く実感できるでしょう。

事業開発経験を持つメンターと専門家チームによる強力な支援体制

――チームによるアクセラレーション支援は、どういった体制になっていますか?

【加藤】まず、メンターとなるリードコンサルタントがフロントとして、新規事業全般についてメンタリングを行い、専門性が必要と判断した場合、社内のスタジオから必要な人員をセレクトし、支援先のチームに合流させます。

スタジオには現在、プロトタイプスタジオ、テックスタジオ、マーケティングスタジオの3つがあり、アクセラレーションに関わるスタッフは10人ほどです。

――今年後半に新設されたというスタジオですね。それぞれの担当領域はどうなりますか。

【加藤】プロトタイプスタジオは0と1の中間のフェーズを担当し、ライトなものづくりをする部署です。

顧客に価値を提供できる最小限のプロダクトや、事業コンセプトの要約を作って、ターゲットとなる顧客候補に提供し、ニーズの有無を検証する作業をPoC(Proof of Concept 概念実証)と呼びます。これは経験がないと行き詰まることが多いポイントです。プロトタイプの質が低いとニーズの検証ができないため、専門家に任せるのがベターです。

テックスタジオは、プロトタイプの検証が済んだ段階のチームにエンジニアリングリソースを提供します。「何を作ったらいいか」をともに考え、必要があれば外部のベンダーを紹介し、開発体制の内製化をお手伝いします。

マーケティングスタジオは、初期の広告を担当します。広告チャネルの開発からコンテンツの制作、キャッチコピーやキービジュアルなどのクリエイティブ制作も請負います。開発者が一からマーケティングを学んで実施するのでは非効率なので、プロに任せた方が順調に事業立ち上げを進められます。

この3分野のスタジオを新設したのは、新規事業を進める上で、ほぼ必ず行き当たる壁となる部分だからです。将来的には、カスタマーサクセスやセールスに特化したスタジオも設けたいと思っています。

――ローンチから1年ほどで、すでにアクセラレーション事業も急成長中のアルファドライブですが、今後目指している未来像はありますか?

【加藤】社会的インパクトの強い、歴史に残るような事業を創りたいですね。時間はかかりますが、いずれ届くと思っています。具体的には申し上げられませんが、すでに候補はあります。

大企業でありがちなのは、「上手に失敗できない」ことです。最初から検証もせず、多額の予算をつけてしまう。それでうまくいかないと、大きな損失を受けてしまいます。小さく転ぶ、小さなニーズを創出するという前段階を持つべきです。

既存事業における商品開発やリニューアルも、本来は仮説と検証を繰り返し、できるだけリスクを減らし、勝てる確率を上げるべきです。いずれはそうしたこともお手伝いできるよう、体制を強化して活動の幅を広げていきたいと考えています。