多くの中堅・中小企業に対し経営指導を重ねてきた武井則夫氏は、ファミリー経営ならではの承継事情にも詳しい。どのような特徴があり、どうアドバイスしているのだろうか。

ファミリー企業の承継で最も重視するポイント

日本企業の9割以上は中小企業であり、そのうち長く続いている企業はファミリー経営がほとんどです。私は、その中小企業や中堅企業の経営指導を長く続けてきました。事業計画書の指導先だけで500社を超えていますが、そのうち8割から9割の経営者は、世襲によって会社を引き継いだ方々です。ざっと数えて400~450人ほどの「後継ぎ」たちに伴走してきたことになります。

武井則夫(たけい・のりお)
一般社団法人 企業価値協会 代表理事
早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了後、三菱レイヨンに入社。日本経営合理化協会に転じ、経営研究所所長などを経て2009年コンサルタントとして独立。12年に一般社団法人企業価値協会を設立。

そうした経験を踏まえた上で、「ファミリー企業の事業承継で大切なことは何か」と問われれば、「それは『覚悟』です」と私は答えます。後継者が覚悟さえ固めれば、社長業を継ぐことができるのです。

なぜならオーナー社長の下で育った子供たちは、小さい頃から親が何をするかを見聞きしていますし、少なくとも企業経営の気配を感じています。そして「自分もやがて親の仕事を受け継ぐのだろうな」という感覚を積み上げてきています。そのことが「覚悟」につながります。

いったんは「継ぐつもりはない」と家業を離れるかもしれませんが、心の底では経営とは何か、人の上に立つとはどういうことか、自社の事業の特徴とは何か、ということを意識しています。そのため、あるきっかけで「継ぐ」ということになれば、急なことであっても、きちんと後継社長を務めることができるのです。そのような実例を私はたくさん見てきました。

若いうちに社長になる人も多いのですが、私が見る限り3年もたつと板についてきて、風格や言動を含めて変わってきます。これを「椅子が社長をつくる」といいます。

つまり子供を後継者として育てたかったら、早く社長の椅子に座らせるといいのです。

経営の師を持つとともに心の師を持て

世代間の事業承継のポイントは、「思い」と「手腕」の承継にあります。

「思い」とは会社の価値観、DNAにあたる部分です。後継社長はこれを引き継がなければいけません。

後継社長が知らない時代に起きた出来事によって会社のDNAが決まっている場合もあれば、代々の家訓として歴代社長に伝えられていることもあります。後継社長には、会社や実家に家訓やエポックメイキングな出来事が伝えられていれば、必ずそれを書き出すようにと指導しています。

企業は「法人」と言われるように、組織でありながら法律上は一つの人格とみなされます。会社も人と同じように、統一した同じ価値観で動く必要があります。それゆえに後継者は、代々の経営者の価値観を正しく引き継ぐ必要があり、また全従業員による価値観の共有も欠かせません。

もう一つ承継しなければならないのが、事業経営の「手腕」です。

方針をブレさせずに会社を経営していくために、経営者には自分の中に「軸をつくる」ことが必要になってきます。そのために、「部分部分や流行の経営手法だけではなく、経営全体を体系的に学んでください」と私はお伝えしています。

体系的に経営を身につけた上で、先代が行ってきた経営の内容を知ると、その中にはセオリーに合致している部分もあれば、意図的に独自性を打ち出して変えた部分もあることが理解できます。経営を学ぶことによって、経営のオリジナリティーがわかるのです。これが私たち企業価値協会で「特徴的価値」と呼んでいるものです。

経営の体系を学ぶには、一人の「師」を持つことが大事です。経験豊富なコンサルタントでも、書物を通じて知った大物経営者でも構いません。たとえば京セラ創業者の稲盛和夫さんやファーストリテイリングの柳井正会長といった先輩経営者が示す考え方は、それぞれに魅力的です。そういった方を師と仰ぐ。すると稲盛さんなら稲盛さんが示しておられる価値観が、その人のぶれない軸となるのです。

師ということでは、「心の師」を持つことも大事です。

経営者は孤独です。また、いやなことが多いのも事実です。心が折れそうになることも一再ではありません。そういう時、心を平静に保つための哲学が必要なのです。

たとえば芸術家の岡本太郎さんが好きだとします。岡本さんはパリ留学時代に哲学者のジョルジュ・バタイユと交流し、バタイユから多くを学んだと述べています。バタイユに影響を与えたのはニーチェであり、ニーチェの思想の源流をたどると、ローマ時代のストア派の哲学者にたどり着きます。そこでストア派の哲学を学び、それが心を律する軸となる。そういう形で自分の心を守る哲学を持つのです。

自身の考えにしっくりくる師を持っておくと、苦しいときの支えになります。

親を超えようと思わず5年間はまねてみる

後継社長の中には、親と自分を比較して、「先代の時より売り上げを大きくしなければならない」という強迫観念に駆られている人もいます。

しかしそのような絶対的なルールはありません。親が経営していた時代と現代とでは時代背景が違い、経営環境も違います。同じ条件では比べられないのです。「同じ土俵で戦う必要はないんですよ」とアドバイスすると、硬さが取れて、闊達なビジネスを展開できるようになるケースも少なくありません。

ただし、自分流の経営をするにしても、親の否定から始める必要はありません。「守・破・離」といわれるように、まずは親の経営を5年間、やってみてはどうでしょう。ある程度慣れたところで、そこに自分が学んだ新しいやり方を組み合わせれば、それが自分流の経営になります。

親がカリスマ的な経営者であったとしても、自分がカリスマになる必要はありません。経営者が全知全能である必要はなく、自分の足りない部分を補ってくれる社内の幹部や外部のブレーンを、周りに集めればいいのです。

とりわけ、新社長にお勧めしたいのは、「『鬼』と『神』をつくる」ということです。

組織をある程度活発に動かすには、社員を温かく包み込むタイプと厳しく引き締めるタイプ、その両方の個性が必要です。ただ、その両方を自分一人で演じるのは難しいかもしれません。そこで、社長が包み込むタイプであれば、ナンバー2には厳しい人を、自分が厳しいタイプであるなら、逆のタイプを副社長に置くとよいでしょう。

そして今、後継ぎ社長たちに私が申し上げていることがあります。それは「社会から応援される会社を目指してください」ということです。

自社の利益を追求することでいっぱいいっぱいになり、そのために周囲とあつれきを起こすのでは本末転倒です。短期の収益は確保できても信頼される会社にはなれません。

そうではなく、取引先や地域社会を含めて関わる人を幸福にするような企業に進化させていくことが、とりわけこれからの社会では重要です。地域や取引先が「この会社は世の中に必要だ」と感じ、極論を言えば、経営危機の時には「この会社を残さなければ」と周りが助けてくれるような会社になることです。

そのことを私は「遠回りの経営」と称しています。まずお客さまや取引先、地域の人に貢献し、人々の役に立つことを第一に行動する。それによって信頼を集め、長期的には売り上げや利益が集まってくる、という考え方です。

そんな経営者に脱皮してくれることを心から願っています。