女性用のオフィス用椅子が成功。それが転機に

しかし転機は訪れた。「これでダメなら転職だ……」と八木さんが意を決して挑んだ研究開発の成果が、業界初の働く女性向けの椅子「カシコチェア」に採用された。というのも当時の多くのオフィス用の椅子は男性好みの仕様になっているものが多く、女性の体に合わず長時間座っていると疲れるため、自分で持ってきた座布団を敷いて座る女性が少なくなかった。研究者たちも漠然とではあるが、従来のオフィス用の椅子は女性にはフィットしにくいのでは、と思っていた。

そこで、慶應義塾大学の教授らと共同で、女性のための椅子を開発することになる。大学で好みの形、握力、背骨の形といった身体計測や実証実験を行うのと平行して、社内の女性社員で編成したチームでエンドユーザーへのヒアリングやアンケート調査を行った。それらをもとに、4年もの期間を費やして製品化にこぎつけた。実際、これがイトーキでの最後の研究開発になるかもしれないという切迫感もあった。

「今までのように何に使われるかわからない技術ではなく、着地点が明確だったのが良かったのでしょう。自分も含め周りの女性も『こんな椅子だったら欲しいよね』という希望もはっきりしていましたしね」と八木さんは当時を回想する。

たとえば、カシコチェアだと座った時の女性の姿勢がキレイに見える、自然と膝がそろう、座った時の張り地が心地よい、足のむくみが軽減されるなど、女性の“欲しい”にとことん寄り添った製品だったので、リリース後多くのメディアにも取り上げられた。

中古市場で大人気! 復活を望む声も多いカシコチェア

現在カシコチェアは廃盤になったが、X(旧ツイッター)では、カシコチェアについて以下のような投稿が散見される。

「廃盤になっているけど、中古市場で人気です」

「カシコチェアを諦めきれなくて、中古で買いました」など。

実際にオフィス用の椅子の中古市場をネットで検索すると、カシコチェアはほとんどがSOLD OUTになっていて、人気の高さがうかがえる。

カシコチェア復活の声を望む声が多いが「今は“女性向け”とか“キレイに見える”など、使用者を限定する表現はあまり受け入れられません。長時間座っていてもむくまない椅子とか、機能をうたってリニューアルすることはできるかもしれませんが……」と八木さんは分析する。

廃盤後も中古市場で争奪戦になるほど人気の「カシコチェア」
写真提供=イトーキ
廃盤後も中古市場で争奪戦になるほど人気の「カシコチェア」