三菱重工業の自動車事業部門を前身として1970年に誕生した三菱自動車。これまで、「パジェロ」や「ランサーエボリューション」、また近年は「アウトランダーPHEV」「エクリプス クロス」など、“他に比較する車がなかなか見つからない”と評される車を多く生み出してきた。その同社が、このたび「三菱自動車らしさ」を再定義。「『環境×安全・安心・快適』を実現する技術に裏付けられた信頼感により、冒険心を呼び覚ます心豊かなモビリティライフをお客様に提供すること」とした。そこには、どんな思いが込められているのか――。加藤隆雄社長に聞いた。

EVと4WDの2つは三菱自動車を体現する技術

「国内外の自動車メーカーがさまざまな車を提供する中にあって、三菱自動車のものを選んでもらうのは容易ではありません。他社の動向を分析し、『今、こうしたものが売れている』といった発想で商品開発をしても支持を得るのは難しい。自分たちは、どのような技術を土台に、どんな価値を提供するのか――。一方で、お客さまは三菱自動車に何を求めているのか――。そうしたことを再確認する必要があると考え、今回『三菱自動車らしさ』を定義し直したのです」と加藤社長は言う。

その中で謳われている「『環境×安全・安心・快適』を実現する技術」、この点において三菱自動車は確かな実績を有している。まず環境技術について、同社がEV(電気自動車)の開発を始めたのは三菱重工業時代の1966年のことだ。当時社会問題となっていた公害を防止することが目的である。その後、リチウムイオン電池をいち早く搭載した「三菱HEV」、世界初の量産型EV「アイ・ミーブ」を生み出すなど、この分野でパイオニアとしての役割を果たしてきた。

三菱自動車の車づくりの歴史は、前身企業も含めると100年以上に及ぶ。高度経済成長期から日本を代表する自動車メーカーとして、「安全・安心・快適」に目的地まで辿り着ける強靭な車を世に送り続けてきた。

「そして、『安全・安心・快適』を支えるものとしては4WD技術があります」と加藤社長。「パリ-ダカール ラリー(現ダカール・ラリー)で7大会連続を含む12回の総合優勝を果たした『パジェロ』、世界ラリー選手権で4年連続のドライバーズチャンピオンを支えた『ランサーエボリューション』などは多くの人の記憶に残っているはず。私自身、その雄姿に胸を躍らせました。過酷なラリーの世界で培った独自の技術、それを当社は市販車にも惜しみなく投入してきたのです」

4WDは、例えばオフロードや雪道を安全に走る際に力を発揮するテクノロジーに違いない。しかし三菱自動車は、それを単に悪路のためのものとは捉えていない。特別な運転技術を持たない人でも快適に安心して運転できるようにするための技術こそが4WD。四輪のタイヤ能力をバランスよく最大限に発揮させ、“意のままの操縦性”と“卓越した安定性”を実現する。これが同社の開発思想だ。

「アイ・ミーブ」で培ったEV技術、「ランサーエボリューション」で鍛えた4WD技術を結集してつくられる、快適で利便性の高い三菱自動車のPHEV。

「EV技術と4WD技術、この2つは当社を体現する技術に他なりません。そのため、“三菱自動車らしさ”を社内で再検討した際、これらを『環境×安全・安心・快適』を実現する技術と位置づけることに、ほとんど異論がありませんでした」と加藤社長は振り返る。ただ、それだけでは何かが足りない。一方では、そうした思いも拭い去ることができなかったという。磨き上げてきた技術をいったい何のために使うのか――。「そこで、議論を詰めていった結果出てきたのが“冒険心”という言葉です。持てる技術とこの言葉が組み合わさったとき、皆が腹落ちしたのです」

先駆的な動きで社会に貢献する。その気質は遺伝子レベルに刻まれている

普段の生活ではできない体験を求めて、海や山へと出かけていく。それも冒険だ。三菱自動車の車は、もちろんその際も存分に力を発揮してくれるに違いない。「ただし私たちが言う“冒険”は特定の場所に行くことだけを意味していません。『一歩踏み出して、やりたかったこと、新しいことに挑戦する』。そうした前向きな気持を後押ししたり、鼓舞したり、相棒となる車をつくることを私たちは目指しているのです」

では、そうした「三菱自動車らしさ」を事業の中で具現化していくには何が必要か。加藤社長は「社員一人一人が世の中で起こっていること、お客さまが求めているものをつぶさに観察することが欠かせない」と言う。「例えば東南アジアと欧州とでは市場環境も顧客のニーズも大きく異なります。こうした見極めができなければ、いくら自分たちがいい車だと思って送り出しても受け入れてもらえない。一方で、冒頭申し上げたとおり他社と横並びの発想では存在意義を発揮できませんから、同時に自社の技術やノウハウをどう生かすかを考え抜くことも求められます。まさにそのとき指針となるのが『冒険心を呼び覚ます心豊かなモビリティライフをお客様に提供する』という価値観なのです」

加藤隆雄氏。三菱自動車工業株式会社取締役 代表執行役社長 兼 最高経営責任者。84年京都大学工学部物理工学科を卒業し、三菱自動車工業に入社。テストコースでは自身でもハンドルを握り、開発車輌へのフィードバックを行う。

時代の変化やユーザーのニーズに敏感に反応し、これまでにない価値を提供する――。これは、三菱自動車の真骨頂だ。「アイ・ミーブ」の他にも、ワンボックスワゴンの4WD車を開発したり、SUVタイプのPHEVを生み出したり、これまで同社は「日本初」「世界初」の取り組みを数多く成し遂げてきた。100年に1度の大変革期といわれる自動車業界において、明確な指針の下で時代を切り開いていく行動力は大きな強みとなるに違いない。

「先駆的な動きで社会に貢献するという気質は、私たちの遺伝子レベルにまで刻まれているといっていい。世の中の動きをしっかり観察し、その中でどうすればお客さまの期待、希望に応えられるのか。商品開発はもちろん、イベントや広報をはじめ、あらゆる事業活動において、今後より強くそのことを意識していく考えです」

「ラリーアート」の復活、「トライトン」の日本市場投入に込めた思いとは

同社のモータースポーツブランドとして世界のモータースポーツイベントに参戦してきた「ラリーアート」。この復活も、三菱自動車らしさを訴求する取り組みの一つだ。2010年に主要業務を終了していたが、21年に復活が宣言され再始動。三菱自動車が技術支援する「チーム三菱ラリーアート」は、「アジアクロスカントリーラリー2022」に初参戦して総合優勝、23年の同ラリーでも総合3位となるなど、改めて結果を出し始めている。

「『ラリーアート』は、当社の重要なヘリテージです。いかなる環境でも不安を感じさせない走りの良さや信頼感。そうしたものを訴求していくに当たってやはり必須の活動であると考え、復活させました。もちろんその中で得た知見は市販車の開発にもどんどんフィードバックしていきます」と加藤社長は再始動の理由を説明する。

もう一つ、「三菱自動車らしさ」を具現化する動きとして、来年初頭の「トライトン」の日本市場投入がある。1978年に初代モデルが発売されたこのピックアップトラックは、これまでに約560万台生産され、世界約150カ国で販売されてきた三菱自動車の世界戦略車だ。

約9年ぶりのフルモデルチェンジを行った新型「トライトン」は、2024年初頭に日本市場で発売となる。タイでも販売し、アセアンやオセアニアからグローバル展開を行う。
新型「トライトン」は、「Power for Adventure」の商品コンセプトの下、内外装デザインからシャシー、ラダーフレーム、エンジンなどを一新し、さらに力強く生まれ変わった。

「新しくなった『トライトン』は、今の三菱自動車を象徴する車の一つ。およそ12年ぶりに日本市場に投入することで、日本のお客さまにも改めて当社の姿勢や目指す方向性を感じていただけると考えています」と加藤社長はこの車に込めた思いを語る。そして最後、次のように続けた。「『トライトン』に限らず、私たちは誰もが及第点を与える車をつくろうとは考えていません。私たちがつくるべき車、それは一言でいえば“本物”です。本物でなければ、冒険のパートナーにはなり得ません。『走る・曲がる・止まる』といった運動性能に徹底的にこだわり、どんな場所、状況でも安心して運転できる。安心して運転できるから乗ることが楽しくなる――。これを基本とし、その上でこれまでにない挑戦によって自分たちにしかつくれない車を生み出していく。これこそが三菱自動車の役割だと思っています」

大変革を迎えている自動車業界で、三菱自動車が自信を持って送り出すモビリティ。あらゆる冒険をタフに走破できる技術を集結させた。

時代の一歩先を見据え、確かな技術と柔らかい思考で魅力的な車を世の中に送り出してきた三菱自動車。独創性とチャレンジ精神を備えた同社が、誰しもが心に秘めている冒険心をいかに呼び覚ましてくれるのか。これからが楽しみだ。