「推し」はリスクが低い

まさにこれが、近年のマーケティングで重視される「共創(Co-Creation)」の概念です。

牛窪恵『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)
牛窪恵『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)

とくに、ゆとり世代やZ世代の若者は、多くが中高生時代にボランティア教育などを受け、「誰かの役に立ちたい」や「皆で力を合わせ、なにかを良い方向に導きたい」とする貢献欲求が強い世代です。いまはSNS上で「推し仲間」も募れるため、皆で盛り上がって共に応援したい、との願いを即実現できる環境も整っています。

この「皆で一緒に」こそが、従来の恋愛と「共創」の大きな違いだと中山氏。

最終的に、対象との1対1を目指して争う恋愛とは違い、共創感情を伴う「推し」は“競争”になりにくいといいます。

「推しには、仲間と共に魅力的リソースをシェアする連帯感を味わいながら、共に高め合える喜びがある。そのうえ、対象が『仮想キャラ』など人間以外であれば、その対象に第三者と恋愛・結婚されてしまうなど、裏切られるリスクも低いのです」

リアルな恋愛と同様の喜びが得られる

もっとも、「『恋愛代替』とはいえ、生身の恋愛と『推し』は違う」と考える人も多いと思いますが、脳科学的にみると、両者から得られる喜びはかなり似通っているようなのです。

生理学者で京都大学の久保田きそう名誉教授も、「好きなアーティストのライブに行く」などを例に挙げ、「人は(推しも含めて)誰か好きな対象を追いかけている間、ドーパミンの作用によって、やる気や前向きな気持ちになれる」といいます(’20年「日経ARIA」日経BP、2月25日掲載)。その感覚は、恋愛初期と似ているようなのです。

本書の第3章でふれますが、ドーパミンはなにかの物事にハマッたり、状況をより良くしようとする原動力にもなる、神経伝達物質です。中毒性が強い「報酬系ホルモン」でもあります。

久保田教授によれば、「推しのライブに行こう」と目標を定め、狙い通りチケットを予約できたり、そこで感動できたりすると、目標達成効果で、報酬系のドーパミンが放出されます。すると「よし、次も!」とやる気が出て、新たな目標に繋がるサイクルが出来上がります。そのうえドーパミンは、分泌回数が多いほど放出されやすくなる、とのこと。

ゆえに、推しにハマればハマるほど(中毒症状によって)抜け出しにくくなるでしょう。

牛窪 恵(うしくぼ・めぐみ)
マーケティングライター、世代・トレンド評論家、インフィニティ代表

立教大学大学院(MBA)客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか多数。これらを機に数々の流行語を広める。NHK総合『サタデーウオッチ9』ほか、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。