アウトサイダー同士が一緒に暮らす多大なメリット

私たちはWeLiveの声明に内在している非常に慎重な言い方に注意を払うべきだろう。「有意義な関係を育てる実際の空間」というとき、「長続きする」ではなく、「有意義な」という言葉を選んでいるし、関係(relationships)は「s」を付けて複数形にしているから、一対一の献身的な関係を意味しているわけではない。

このような背景で、LGBTQ[レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、両性愛(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)、クィア(Queer)またはクエスチョニング(Questioning)の人たち]のコミュニティーのことを考えてみるのは興味深い。

性的少数者の人たちは実際、「性的少数者であること」と「シングルであること」の二重のスティグマに対処しなくてはならない。

しかし、このような二重の重荷を背負っているにもかかわらず、LGBTQの人たちの住居形態と社会的習慣を調査してみると、彼ら、特に高齢の人たちは、LGBTQ以外の人たちに比べて、共同の住居で暮らしている人が多く、性的少数者にやさしい環境で暮らすことの恩恵を受けている(※24)

つまり、社会的なスティグマに慣れているLGBTQのコミュニティーの人たちは、現実には、ほかのシングルの人たちが直面する、「結婚しなければならない」という社会からのプレッシャーを受けることも少なく、その結果、友人と一緒に暮らす人たちが異性愛者のシングルの人たちよりも多いのだ。

彼らはもとより、自分はアウトサイダーだと感じている。だからこそ、少なくとも、考えを同じくする人たちと一緒に暮らすことから得られる多くの利点を享受することを選んでいるのだ。

また、アイデンティティーを共有し、同じ困難に直面し、自分の社会的状況について全面的に共感できる人たちと一緒にいることで、幸福感を増大させ、気分が落ち込むリスクを軽減させることができる。

研究からも、自分と同様の友人たちと一緒にいる性的少数者の人たちは、より多くのものを享受し、快適な生活をしていることがわかっている(※25)

実際、民族的にもマイノリティーのLGBTQの高齢者は、三重、四重の社会的スティグマを受ける可能性もあるわけだが、彼らは自分と同じアイデンティティーをもつ人たちと一緒にいることから、とりわけ恩恵に(あずか)っている(※26)

そう考えると、シングルにやさしい環境を見つけることができたシングルの人たちは、社会関係資本による利益だけでなく、ほかの人たちと分かちあい、共感を得られるという付加価値をも手に入れることができる。

「ああ、まだ結婚してるんですか?」

戦略④差別的な習慣を真正面から拒絶する

第四の戦略は、差別的な習慣を真正面から拒絶することだ。

このようなアプローチは、これまで自分たちの権利と社会のなかでの居場所を求めて闘い、すでに各国の政府や組織から認められるに至った多くの民族的、性的な少数者のグループにとっては、けっして新しいものではない(※27)

しかし、このような戦略はまだ、シングルの人たちには受け入れられていないし、当たり前のことにもなっていない。シングルの人たちは、差別的な習慣に対して、独創的な方法で、個人的に闘わなくてはならない。

2人の日本の若いカップルが結婚しました
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「アイリッシュ・タイムズ」紙に掲載されたロスの発言によれば、典型的な差別的習慣とはこういうものだ。

首を傾けて、いかにも同情してるような声で、「ああ、まだ独身なんですか」って言われる。お返しに、いかにも同情してるような声で言ってやりたくなるよ。「ああ、まだ結婚してるんですか? 自分でなんとかできないんですか?」ってね。ああいう言い方は、「シングルの人間である自分は無価値なものだ」って言われてるのと同じだ(※28)

ロスには結婚生活を攻撃する考えはなく、彼がこう返答したいと思った言葉は、自衛的な意図で思いついたものだと強調する。そう返すことで、人の生き方はさまざまだということを指摘して、ほかの人たちのものの見方を変えることができるかもしれないと彼は思ったのだ。

そのような返答をすることで、もしかしたら、シングルの人たちが受け入れられるようになり、「結婚しなければならない」という社会からのプレッシャーをもっとはね返すことができるかもしれない。

49歳の離婚経験者レイチェルは、ロスよりもっと率直だ。彼女は自分のブログに、「シングル・アクションの呼びかけ」というタイトルの闘争的な記事を書いている。

最も基本的なサポートを結婚と家族に頼る現在のシステムを受け入れてしまうと、私たちは「自分たちはシステムのなかの悪なのだ」と罪の意識を感じなければならなくなってしまう。

私たちを思いやりのある社会から遠くへ遠くへと押しやる勢力に立ち向かうときがきたのではないか?

シングル・アクションを開始するときがきたのではないか?

シングル・アクションとはすなわち、シングルの人間として、社会構造のなかに組み込まれているはずの社会的サポートのために闘い、おたがいを支えあう責任を真剣に果たしていくことだ。

シングルの人間として、真の独立とは相互に支えあうことなのだと、私たちは誰よりもよく理解している。私たちは、もっと思いやりのある社会にするために、この知恵を使おう。

少しでも多くのシングルの人たちが、どんな仕事で生計を立てているか、年齢はいくつかなどに関係なく、たとえ、一生シングルでいることを選んだとしても、必ず、大事にされるようにしよう(※29)

彼女が心から望むのは、スティグマを軽減するとともに、シングルの人たちを排除したり、シングルの利益に反対したりすることのない社会を築くことだ。こう考えているのは、レイチェルひとりではない。

このような呼びかけの声は日に日に高まっているが、本当の変化はほんの少ししか起きていない(※30)。それでも、こうした動きは実際に社会の変化を起こすだけでなく、ほかの種類の社会運動の場合と同様に、参加する人たちに恩恵とエネルギーを与えていることが研究からわかっている(※31)

こうして、私たちは差別的な習慣を積極的に拒絶することによって、社会的アイデンティティーを構築し、差別的な習慣によって引き起こされる困難を軽減することができる。そういう意味では、抗議することこそが、シングルの人たちが権限(パワー)と自信を勝ち取るための第一歩なのだ。