信長の首は忠実な家臣によって駿河の国に運ばれたという伝承

静岡県西山本門寺に信長の首塚があります。

私がこの寺を訪ねたのは、20数年前のことです。

信長の首塚は、本堂裏の池の北側にありました。

楓川亀遊作「本能寺夜軍」
楓川亀遊作「本能寺夜軍」[出典=刀剣ワールド財団(東建コーポレーション株式会社)]

高さ約5メートル、底部の幅は約12メートル、塚の上には樹齢およそ450年という大柊がうっそうと枝を広げていました。

「信長の首はこの3メートル下に埋まっています。柊を植えたのは、人が近寄らないようにするためです」

寺の方がそう教えてくださいました。

安部龍太郎『信長の革命と光秀の正義 真説 本能寺』(幻冬舎新書)
安部龍太郎『信長の革命と光秀の正義 真説 本能寺』(幻冬舎新書)

本能寺の変が起こった時、信長の供をしていた原志摩守宗安が、前夜に囲碁の対局をしていた日海上人(本因坊算砂)の指示により、信長の首をこの寺に運び供養したと伝えられています。

秀吉が無理やり作った墓ではなく、正真正銘の墓所がある阿弥陀寺。

そして、必死の思いで原志摩守宗安が運んだ首を祀った塚がある西山本門寺。

いずれの寺にも、本能寺の変にまつわる謎を解くヒントが残されていました。

秀吉や朝廷が必死で消し去ろうとしても、あらわになる真実。無念のうちに自刃したであろう信長が、我々を導いてくれているのかもしれません。

安部 龍太郎(あべ・りゅうたろう)
小説家

1955年福岡県生まれ。久留米高専卒。1990年『血の日本史』でデビュー。2005年『天馬、翔ける』で中山義秀文学賞を受賞。主な著作は、『関ヶ原連判状』、『信長燃ゆ』、『生きて候』、『天下布武』、『恋七夜』、『道誉と正成』、『下天を謀る』、『蒼き信長』、『レオン氏郷』など多数。大河小説『家康』(幻冬舎時代小説文庫)を連載中。