「5類」になっても、やはり咳はしづらいが…

新型コロナが「5類」となった。しかし「5類」になったからといって、このウイルスが私たちのまわりから消滅してしまったわけではない。むしろ「5類」になったことによって、「この3年間行ってきた感染対策など一切止めて、すべてコロナ前の生活に戻しても大丈夫になったのだ」という認識が広がってしまった場合、今後の流行が水面下で拡大する危険さえ懸念される。

一方で、このまま「コロナは風邪」との意識が私たちの間で広がっていったとしても、電車の中や職場で咳き込んでいる人に向けられる視線は、そう簡単には弱まることはないだろう。この3年間で、その正誤は別として感染症にたいする認識と対策はかつてないほど強まり、とくに「咳エチケット」は十分すぎるほど私たちの習慣に染みついてしまったといえるからだ。

オフィスで仕事中咳をする男性
写真=iStock.com/Liubomyr Vorona
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外来でも「咳をしていると、電車や職場で冷たい視線を浴びるのでなんとか止める薬を処方してもらえないだろうか」との相談を受けることは非常に多い。たしかに電車内で少しむせ込んでしまっただけでも、サッと振り返られ眉をひそめられた経験は私にもある。音楽会や図書館など、静かな空間にいるときにかぎって咳が止まらなくなって困ったという経験を持つ人もいるだろう。

そもそも咳はなぜ出るのか?

このように当事者がつらいのはもちろんのこと、周囲の人からも迷惑がられる咳であるが、いったいどのように対処すれば良いのだろうか。今回はこの誰もが困った症状として経験したことがあるであろう「咳」について、私たち医師が日頃の臨床現場でどのように考え対処しているのかを概説してみたい。

ただ本稿は呼吸器科専門医によるものでもなければ、紙幅の都合からも咳を生じる疾患およびその診断と治療を網羅的に説明することを目的とするものでもない。あくまでも「咳」についての一般的な考え方である。とくに今現在、咳症状で悩んでおられる方は、本稿を鵜呑みに自己診断してしまうことなく、必ず医療機関への速やかな受診をしていただきたい。

まず「咳」とは何か? 端的にいえば、「咳」とは多くの場合、気道に存在する異物を体外に排出する役割を担う反射である。つまり呼吸を妨げる異物から身を守るための生体防御反応といえるものだ。こう言うと「いやいや、咳自体が苦しくて呼吸が妨げられているのだから、早く薬で止めてくれないか」と言われてしまいそうだが、原因が除去されていないかぎり、いくら薬を飲んだところで咳を止めることはできない。