「売り上げがほぼゼロの状態から立ち直り、複数の大手企業から受注」「倒産してサラリーマンに戻ったが、再び法人設立に踏み出し、15人ほどのチームで新サービスのリリースを準備中」――。過去の「つまずき」を糧に成長を遂げた起業家たちの活躍が注目されている。その後押しとなっているのが、失敗に対する不安を払拭し、何度でも起業にチャレンジできる機運の醸成を目指して2020年にスタートした「東京都リスタート・アントレプレナー支援事業(TOKYO Re:STARTER)」。困難を乗り越えた者に宿る強さ、使命感への共感が広がり、さまざまな価値が創出されようとしている。

「再起を図る起業家」が注目されている理由

東京都による「TOKYO Re:STARTER」が始まって以降の3年間でプログラム修了者は60人。参加の要件は、現在困難に直面しており、再起業や新規事業立ち上げを目指している起業家だ。例えば、ある起業家はリストラの敢行を余儀なくされるなど、倒産寸前にまで追い詰められた。プログラムでの学びを経て大幅な事業転換を成功させ、大手介護施設との製品共同開発や、大手小売業者への販売にこぎ着けた。このように、続々と目に見える成果を上げたモデルケースが示されている。

困難に直面しても挑戦し続けられる社会に。TOKYO Re:STARTERの趣旨に賛同し、「採択された事業者からの融資相談を受け付けたい」とサポートに前向きな金融機関も少しずつ増えている。また、数多くの投資家、士業関係者、起業家らも関心を寄せ、TOKYO Re:STARTERのイベントにも登壇したエンジェル投資家の一人は「失敗することは決して悪ではないと伝えたい。失敗から得られるものは多く、この経験があるからこそ成功への道が見いだせることもある。チャレンジ精神を失わずに進み続けてほしい」と熱いエールを送った。これからの社会に貢献し得るビジネスの芽を、多様なプレーヤーが関わることで大切に育てていく、そんな環境が着実に整いつつある。

TOKYO Re:STARTERは1年間を通じたプログラムの提供によって起業家の再チャレンジを支援する。再起業に関心があれば誰でも参加できるオープンなプログラム「プラットフォーム」では、先輩起業家や特別ゲストの講演会、ワークショップ、プレメンタリングを通じて、再挑戦に必要なマインドセットを養う。次に、審査を経て採択された起業家に向けた集中プログラム「アクセラレーションプログラム」では、定期的なメンタリングで事業の軸となるミッションやビジネスモデルの構築、起業家メンター、投資家メンターとのマッチングサポートも実施する。この3月には、集大成としてアクセラレーションプログラム参加者による成果報告会が開かれ、しっかりと前を向き、おのおのが磨き上げたミッション実現へ突き進む「リスターター」の姿が公開された。

アクセラレーションプログラムの様子。先輩起業家、スタートアップ支援実績を持つメンターらによる定期的なメンタリングを受けることができる。

「可能性しかない」と思えるようになった

「私のことは爪おばさんと呼んでください!」――ポジティブさが印象的な松本めぐみさんは、「100歳になっても歩き続ける自慢したい足にする」をミッションに掲げ、高齢者を中心とする「爪ケア」に着目したサービスを展開。爪ケア技能者の育成とともに、AIが爪の健康状態を診断して予防や改善への行動を促すスマホアプリの開発を進めている。「重要な社会課題に挑んでいるという自負があったのですが、うまくマネタイズできないままでした。よく会社が持ちこたえてきたなと思うくらい、ずっと赤字続きで崖っぷち。まるで大きな落とし穴から抜け出せない感覚でした」

松本めぐみさん

アクセラレーションプログラムのメンタリングを重ねる中で、松本さんは「大きな変化があった」と振り返る。「客観的に自分を見ていたつもりでしたが、視野の狭さを指摘されることがありました。なぜそう言われるのか最初は分かりませんでしたが、メンタリングを通じてミッションを構築するために考えを深める中で、これまでは『悪くなった足の爪のケア』ばかりに着目していたことに気づきました。そして、100歳になっても歩き続けられる自慢の足にしてもらうためには、足の爪が悪くなることをそもそも未然に防ぐことが重要なのではないか、と強く考えるようになりました。アプリ開発については、もともとアイデアレベルで考えており、いつかできたらいいと先延ばしにしてきました。メンタリングを通じて思いきって新しい取り組みに挑戦してもいいのだと思うようになり、実行に移す勇気をもらえた気がします。毎週のメンタリングで自分自身を見つめ直す時間をつくれたことが良かったのだと思います」

「今は、可能性しかないと感じています」と松本さんは力強く言い切る。「すぐには手の届かない目標であっても、たどり着くにはどうしたらいいのかを考えることで、すごく可能性が広がったと感じています。ギリギリの状態でありながらも事業が続いてきたのは、きっと存続する意味があるからなのだと思います。これまで支えてくださった方々へ恩を返すためにも、再起を遂げて、もっと大胆にやってやろうという気持ちです」

メンターとの対話で取り戻した挑戦心

コロナ禍で大打撃を受けた観光業界。総合商社やコンサルティング会社時代の海外経験を生かし、「事業を通じて日本の素晴らしさを伝えていきたい」との思いでビジネスを成長させてきた山田滋彦さんも破産寸前の状況にあった。主力事業の町家再生は80%減、着地型体験は95%減と売上は急降下した。食品通販事業を立ち上げてなんとかしのいでいたものの、山田さんは「メンタルがボロボロでした。独りよがりで強い孤独感があり、挑戦することも怖くなって避けていた」と語る。

当時の沈み込んだ姿は、TOKYO Re:STARTERへの参加を境にすっかり過去のものとなった。「観光事業を通じて顧客・地域・観光事業者の三方良しを作り、ワクワクするタビナカ体験を提供する」というミッションの下、国内各地でホテル事業を展開する企業と連携した新サービスの実証実験を行うなど、積極的なビジネスを仕掛けている。

山田滋彦さん

好転に至った背景として、山田さんは「チャレンジへの気概を取り戻せたこと、そして仲間を信頼できるようになったこと」を挙げる。「プログラム参加当初は既存事業の売上が低迷しており、新たな挑戦をすることに怖さを感じていました。メンタリングを通じて自分なりのミッションを作り、実現に向けた計画をメンターと共に練り上げていく中で、徐々に『私にもできるかもしれない』と考えるようになりました。また、メンターからの背中を押すコメントを受けて、挑戦するマインドが再構築され、新たな事業構想を具体化していくことができました。メンターからのコメントを受け実施した想定顧客へのヒアリングを通じて、顧客課題の解像度が上がったことも事業立ち上げを後押ししたと思います。また、社員とのコミュニケーションの取り方なども学び、チームワークの大切さに改めて気付かされました。事業がうまく回り始めたのは、まさにそこからです。アクセラレーションプログラムに参加せずに一人で走り続けていたら、きっとできなかったと思います」

新たに3人のスタッフを雇用するなど、東京をはじめとする全国での事業拡大を見据えた基盤づくりにも着手した。「日本が成長していくために欠かせないものの一つが観光産業だと確信しています。それを支える中小の観光事業者がちゃんと報われる、持続可能な産業へと発展させたいと考えています」

夢を実現するまでの道のりが平たんではないことをリスターターたちは知っている。立ち上がるたびに強くなる起業家がどのように社会を変えていくのか、その動向を追いかけ、応援する価値は十二分にある。

(2022年度の本事業は株式会社ボーンレックスが東京都より受託し運営)