Q 入社して10年たちますが、社風や給料など今の会社に不満も少なくないので、転職を考えています。ところが転職活動をしたことがなく、転職エージェントに登録することくらいしか思いつきません。とりあえず何から始めればよいでしょうか。(鉄鋼商社勤務、女性、36歳、入社10年目)


A 転職エージェントに登録する前に、しておくことがあります。それは、「自分の強みの棚卸し」です。

新卒のときと違い、転職の面接では、「あなたはいままでどんな実績をあげましたか」「どんな強みでわが社に貢献してくれますか」というようなことは、まず間違いなく質問されます。しかし強みの棚卸しをしていないと、こう聞かれても、しどろもどろになってしまう。これでは話になりません。

僕は2012年の6月に19年所属した東証一部上場企業グループを離れて独立しました。その前におこなったのが、自分の強みをいろいろな角度から棚卸しすることでした。

僕の場合、それは、経験でいえば店舗経営、能力で言えばトレンド予測、人脈や行動力といったところでした。

こんなふうに自己評価していたのですが、自分が広い世の中で本当に通用するのかという意味では不安が拭えませんでした。まず、「それまでの考え方は、その会社だから通用したことじゃないか?」と自分を疑いました。そこでそれまで考えていたことを『プロフェッショナルサラリーマン』という本に書いて世に問うてみたら、7万部のベストセラーになった。それでようやく独立の自信を深めたというところもあります。

次に、「会社の看板があったから店舗経営がうまくいったのではないか?」と自分を疑いました。そこで取扱商品も異なる異業態で、ブランド力もない店舗のオーナーになって世に問うてみたら、初月から大幅黒字になった。

こうして、社内起業という形で10年近くも経営者として実験をして自分の強みを磨いた上で、さらに実験を重ねたわけです。

もちろん独立と転職は違うけれど、実験の積み重ねだけが自信の裏付けとなりますから、自分の力が外で通用するかどうかの実験は、サラリーマンの内にトコトンやっておくべきという点では似ています。まずは「自分の強みをよそでどう生かすか」という発想で計画を立てるべきだと思います。

しかし実際はあなたのように、給料が安いとか、会社のやり方が気にくわないとか、不満を解消するために転職を考える人が大半でしょう。でもそれではあまりうまくいかないのではないでしょうか。

松下幸之助さんは人を採用するとき、「自分は運がいい」と思っている人だけを採用し、「自分は運が悪い」と思っている人は採用しなかったそうです。僕の解釈によれば、これはただの験担ぎではない。なぜなら運のよしあしとは、ある程度主観によるものだからです。「私、運がいいんです」と言い切れる人は、何でもポジティブにとらえることができる人。逆に運の悪い人は、言い換えれば自分の失敗を認めることができない人です。

つまり不満の根本原因を突き詰めれば、たいがいは自分の至らなさにあるものです。しかし「運が悪い人」は、それに真っ向から向き合わず、運が悪いせい、会社のせい、人のせいにしている。

とはいうものの、本当に会社の社風がよくないとか、上層部の考え方が間違っている場合もあると思います。でも仮にそうだとしても、「そんな会社を選んでしまった自分に見る目がなかった」「会社を変えられなかった自分の力不足だった」と思える段階になってから、転職したほうがいい。

自分のどこに問題があったかをはっきり把握しないまま転職エージェントに登録したところで、同じような社風で、似たような条件の(あるいはもっと悪い)会社に入り直すだけになってしまいかねません。世の中で実績をあげている人の多くが、それぞれの経験を振り返って「あそこではこういうことが良い経験になった」というように、どんな環境も学びにしているのです。転職は不満からのスタートではなく、「自分の強みをどう生かすか」という発想でスタートしていってください。

自分の強みを冷静に把握することで、転職の必要がなくなることもあります。たとえば隣の部署なら強みを発揮できると気がつくかもしれないし、あるいは上司との接し方を変えればできるようになるとわかるかもしれない。アプローチのしかたを変えれば解決することは案外多いものです。

しかし自分の強みが見つかっていないなら手の打ちようがない。だから自分の強みの棚卸しが不可欠なのです。

最後に一言。不動産業者は掘り出し物の物件が出たら、情報を公開する前にお得意さんにこっそり教えます。それと同じように、本当にいい人材は転職市場に出る前に取引先などから「うちに来ないか」と声がかかります。

まずは取引先からスカウトされるほどの人材になることを目指して、日々の仕事に励んでみてはいかがでしょうか。

※本連載は書籍『プロフェッショナルサラリーマン 実践Q&A』に掲載されています(一部除く)

(撮影=尾関裕士)