こうした橋下市長の行動原則は、プレジデント読者のような企業のビジネスに携わっている人にとって、当然の考え方だろう。実は、橋下市長は大阪商人の、利益と価値を生むために最適な行動を選択する“ビジネスモデル”を、(今までは価値を生む行動をとる人が少なかった)行政に持ち込んだだけなのである。
私にはかつて、このような企業にとって当然とされる“ビジネスモデル”を、都政に持ち込もうとしてできなかった苦い経験がある。1995年の都知事選に出馬したが、結局のところ都民が選んだのは、まともな選挙活動をしないで、ポスター一枚だけで「都政から隠し事をなくします」と訴えたタレントで参議院議員の青島幸男氏だった。都民にわかりやすく安らぎと癒やしを与えることが、青島氏には一番大切だったが、これは旧態依然として何も価値を生み出してこなかった行政の悪しき“ビジネスモデル”だろう。
私はといえば、「都政は経営」「9兆円の歳費を見直して借金をなくして、世界中から資金を呼び込んで繁栄する」など難しい理屈を並べて、嫌われてしまったのだ。しかし25年も参議院議員をやっていてもほとんど国会に出席せず、選挙期間中であっても外遊してしまう青島氏のような人間が、都知事になったからといって仕事をするわけがない。案の定、4年間何の仕事もしなかった青島氏は、都民の怒りをかい、一期で退陣せざるをえなかった。
橋下徹という人物が、従来の政治家と違う点がある。それは「隠し事をなくします」といった漠然とした大和言葉を使うのではなく、難しい言葉を使いながらも、大衆と対話する方法を知っている点だ。たとえば「統治機構の変革」や「分限免職(適格性などを理由に公務員としての身分を失わせること)でクビにする」といった言葉の言い回しは、これまでのリーダーの発言にはなかった。もっとも橋下氏が、08年に大阪府知事に立候補したときの第一声は、「子供が笑う大阪に」というものだったから、知事時代の4年間で大きく成長した。
2010年11月の大阪ダブル選挙では、難しい言葉を使いながらも市長としてやるべきことを明確に示したことに大きな価値がある。有権者は、彼の言葉に耳を傾けて、「ついていこう」と思ったのだ。そして大阪商人には自然と身についている利益や価値を生むためには戦略的な行動を選択する“ビジネスモデル”は、もともと利益に敏感な大阪市民だからこそ理解しやすく賛同を得た。「あとは、結果を出すだけですなぁ」という雰囲気である。逆に言えば、橋下市長としては、手法はどうであれ、とにかく4年間で結果を出して、審判を仰がなければならない。
また、その実現を阻む中央の官僚や官僚に巻き取られた政党を仮想敵として「兵を都に進めるぞ!」と脅しているのも、一応理にかなっている。大阪という一地方の「事件」であっても全国民が注視する視聴率の高いドラマになっている理由は、同じ閉塞感を味わっている国民や自治体が蔓延しているからだ。最近ある政党が秘密裏に行った選挙区ごとの調査では全国ほとんどのところで「維新の会」が優勢、という結果になっている。つまりごく最近までは民主党ではダメだから自民党、と考えていた有権者たちが、自民党も民主党もダメだ。「武将橋下」にやらせてみようか、という方向の風が全国的に吹きつつある、ということだ。