その危険性を示す事例がある。たとえば、ISD条項が盛り込まれたNAFTAで1990年代末に起きた紛争だ。

カナダ政府は97年、神経系統に影響を与えると判断したガソリン添加物MMTの輸入と越境販売を禁止した。これに対して米国の企業が、「わが社が得られたはずの利益が政府の規制により失われ、損失が生じた」として、カナダ政府を提訴した。国民の健康を守るために設けられた規制であるため、カナダ国民は当然、米国の企業が敗退するものだとばかり信じていた。

ところが、調停と協議の結果、カナダ政府は巨額の賠償金を支払うことになり、さらに規制も撤廃する。政府の規制が「不必要な貿易障壁」とされたからだ。営利活動が国家の法規制を押しつぶしたのである。

ISD条項は、経済の垣根を取り払うために、自国民と同様の権利を相手国の国民や企業にも保障する「内国民待遇」の概念に基づいている。しかし、仲裁委員会が米国寄りという実態がある以上、内国民待遇の本質は米国による他国の「内国化」である。

一方、「ラチェット規定」は、「爪が引っかかる」という意味で規制緩和の逆行を止める規定だ。従って、「規制緩和→規制撤廃」を目指すTPPでは、規制が少しでも強まる変更を認めない。中野剛志京都大学准教授は、その著『TPP亡国論』で、米韓FTAにも盛り込まれたラチェット規定を例に、TPPの危険性を指摘している。

冒頭の公聴会で、マクダーモット民主党議員は日本の閉鎖的な市場の一つに「自動車」を挙げた。世界の自動車産業の成長は今、中国市場に依存している。

デメトリオス・マランティス次席代表(ロイター/AFLO=写真)

公聴会が開かれた同じ14日、中国では商務省が国内で販売される米国製自動車の関税率25%に、最大約22%上乗せした追加関税を発表した。中国の掟破りは正視に堪えないが、実はこれは米国への報復であり、その後に下されたWTO裁定への挑戦でもある。米国が09年、中国製タイヤに35%の関税を上乗せし、これを問題とした中国に対してWTOが11年9月、「米国の措置は正当」と裁定したからだ。

USTRのなかで米中貿易のキーマンとして知られるのが、アジア・アフリカ地域の通商交渉と協定遵守を担当するデメトリオス・マランティス次席代表である。14日の公聴会で対日強硬派の議員や業界幹部らは、政府側の証人として出席していた同次席代表に「日本への強い対応」を期待し、日本の官僚との“協議”を託した。

だが、委員会で念を押されるまでもなく、彼はすでに11月から日本の関係官僚と水面下での“事前協議”を進めていたのである。

※すべて雑誌掲載当時

(ロイター/AFLO=写真)