120年の歴史を持つNECが今、自らの強みと製造事業者としての経験をベースにしたDX事業を本格化させている。そんな中、同社フェローの今岡仁氏が『顔認証の教科書』を、戦略コンサルティング・リーダーの桃谷英樹氏が『コンポーザブル経営』を昨年末に上梓した。それぞれの著書に込めた思いや、NECが持つ技術やコンサルティングサービスが顧客や社会にもたらす価値について、二人が語る。

それぞれの著書に込めた思い

――それぞれの著書で、読んでほしい点はどこになりますか。

【今岡】『顔認証の教科書』では、まず顔認証の技術面について丁寧に詳しく説明しています。そして私自身が研究者として苦労した点、特にNIST(National Institute of Standards and Technology:アメリカ国立標準技術研究所)のベンチマークでNo.1評価を6回獲得した過程を明かしました。さらに、顔認証が空港や観光地、テーマパークなど実際にどのように使われているのかの実装事例を紹介しています。こうした内容を1冊にまとめました。

【桃谷】どんな組織においても、世の中の変化に対応するために、もしくは世の中の変化を創り出すために、ビジネスや社会のモデル、そして業務や組織、システムを「組み換え」続けることが必要です。それをテーマに『コンポーザブル経営』としてまとめました。

コンポーザブル経営の軸は「つながること」です。これまで「いろんなことがつながっているからこそ意味がある」という考えを持ち続けてきましたが、執筆・編集の過程で改めて、「つながることの価値」が見えてきました。

デジタルサービスやフィンテック系企業のキーパーソンにこの書籍を紹介すると、「たしかに全部ビジネスの価値としてつながっていたよね」「つながることの価値をこんな風に体系的にまとめた本は今までなかったよね」といった、うれしい評価の声をいただきました。また、本書を読んでデジタルの価値やデジタルシフトの必要性について「改めて説明しやすくなった」という声も届いています。将来の新ビジネスを考える立場の方にも役立てていただけるのではないでしょうか。

【今岡】2冊の本は一見テーマがバラバラに見えるかもしれませんが、実はある点においてつながっています。桃谷さんの『コンポーザブル経営』で語られているコンポーネントの1つが、顔認証技術だからです。

そもそも私たち2人は、全業種を対象にNECが持つ個々のコンポーネントに横串を通して支援するデジタルビジネスプラットフォームユニットに所属しています。コンサルティングとテクノロジーは、一見離れた関係でつながりがなかなか見えにくいと思われるかもしれないのですが、実は密接につながっております。

【桃谷】NECにはIoT、量子コンピューティング、ブロックチェーン、AIなど、さまざまなテクノロジーがありますが、たとえば一口に「AI」といっても、さまざまな技術ととても地道な積み重ねがあります。テクノロジーの輝かしい部分だけでなくて、深く泥臭いところまでカバーしている。この両方が揃っていて、しかも事業会社の立場でもあるNECであるからこそ、テクノロジーをどう使うべきかを語れるし、お客様や社会の問題解決に深く関われると思っています。

今岡 仁(いまおか ひとし)
NEC Corporation
NECフェロー
1997年NEC入社。脳視覚情報処理の研究開発に従事したのち、2002年に顔認証技術の研究開発を開始。世界70か国以上での生体認証製品の事業化に貢献するとともに、NIST(米国国立標準技術研究所)の顔認証ベンチマークテストで世界No.1評価を6回獲得。

コンポーザブルな組織が日本を強くしていく

――ビジネスのみならず社会問題を解決する手段として、デジタル技術が大いに活用できるのではないかと言われています。日本全体における課題解決に今後どのように取り組んでいきたいですか。

【今岡】1つのテクノロジーが単独で存在しても、その価値を発揮することはできません。それらがソリューションになり、コンポーネントになり、他のコンポーネントとくっついていかなければなりません。NECには120年分のアセットがあり、それをコンポーザブルに組み換えていくことが重要です。けれども、NEC一社が単独で社会を変えられるとは思っていません。いろんな会社と組み合わさっていくことによって社会が変わっていくという観点がとても大切だと思っています。

【桃谷】『コンポーザブル経営』の中で多くのページを割いたのですが、デジタル社会ではテクノロジーもビジネスも、試しながら完成度を高めていくアジャイルアプローチが重要です。そのためには、心理的に安心してビジネスに取り組める土壌が欠かせません。

【今岡】デジタルやAIの時代になり、短期間で様々なことを試したり予測することができるようになってきました。やってみて失敗したら修正したり、違う方向に進んだりしやすくなっています。この「やってみる文化」とスピード感を持っている人が増え、組織の枠を越えて一緒に活動することが当たり前の社会に日本が変わっていけばと思います。それが世界の中での日本を強くしていくことであり、日本を面白くすることにつながるでしょう。

桃谷 英樹(ももたに えいき)
NEC Corporation
DX戦略コンサルティング事業部 事業部長
マネージング・エグゼクティブ
外資で戦略コンサルティングのリーダー(パートナー)を歴任(デジタル、事業戦略、グローバル、新規事業)。戦略コンサルティングファームでマネージング・ディレクター、外資事業会社でマーケティング・新規事業立上げ、国立共同研究機構の講師を経験する。理学博士。責任者として450以上のコンサルティング・プロジェクトを経験。

デジタル先進国を参考に正しい土台で議論を進めるべき

――日本がデジタル社会になっていくためには、何が必要でしょうか。

【今岡】今回『顔認証の教科書』を書きたいと思った理由の1つに、まず「顔認証技術の真実を正しく理解してほしい」という思いがありました。テクノロジーにはいろいろな側面があり、人によって功罪の判断は違うと思います。そこでまず、顔認証技術が実際にどのように使われているのか、どのようなフェーズに入っているのかということを正しく理解していただくための一助になる本を目指しました。

たとえば、ネットワーク技術に関して正しく解説した本が存在しなければ、「ネットワークは怖い」と思う人々が増えて、現代のようなインターネットの利便性を享受する社会は到来しなかったでしょう。『顔認証の教科書』では顔認証に関する事実をクリアに出して、その上で議論できるような「土台」を作ったつもりです。

それから、デジタル社会への移行については先進的な国があるので、そこでの事例を参考にしながら議論していけばいいのではないでしょうか。たとえば、デンマークでは多くの医療データが組織の枠を越えて共有化されており、それらをAIにかけることで病気の傾向もわかるようになっています。

【桃谷】デンマークなどの例を端緒として、普段の暮らしが全部データ化された便利な社会になるのが待ち遠しいですし、そのような事業に今後携わりたいですね。

しかし、日本人はデジタル社会のネガティブなところが気になって、なかなか踏み出せないという特性があるようにも思います。

【今岡】まずは、ルールをしっかり決めること。そしてプライバシーに関しては、感情的ではなく技術に基づいた冷静な議論が必要です。技術に基づいたしっかりした議論を重ねていけば、日本でもデジタル社会の実現は不可能ではないでしょう。日本に足りないのは、まずデジタルに関する議論だと思いますね。

NECはデンマーク最大手ITベンダーのKMDを2018年に買収しています。顔認証など多くのアセット、そして政府や公共に関する実績と合わせることで、これからの社会づくりに大きく貢献できる自信があります。

「好奇心」が日本のデジタル化を加速する

――最後にデジタル社会に向けて、個人にはどのような資質が必要になるでしょうか。

【桃谷】やはり好奇心ではないでしょうか。色々なことにもっと好奇心を持ち、新たな技術やトレンドを知らなければなりません。このことは、私も書籍の執筆を通じて再認識しました。

「知る」ことが「試す」ことにつながり、また新たな好奇心が生まれます。今の日本企業には、「してはいけない」というマインドが先行しているように思います。これでは、なかなかアジャイルな組織に変わっていくことができません。

その一方で、好奇心旺盛でいろいろと自由にやっている人が増えているような体感があります。好奇心を持っているなら、素直にやりたいようにしてみることが重要でしょう。

【今岡】人間として生きていくからには、自分のやりたいことをすることが大事です。自分の好きなものをどんどん伸ばしていくのは、誰にとっても楽しいことだと思います。『顔認証の教科書』にも書きましたが、私は好奇心のままに顔認証を突き詰めたら、世界No.1にたどり着いてしまいました。多くの研究者たちから「顔認証なんて、実現不可能」と言われたことで「できるようにしてやろうじゃないか!」となり、「日本でしか売れない」と言われたので「それなら世界に出てやろうじゃないか!」と思いました。30年ぐらい好奇心を持って仕事をし、世界をめざして10年没頭したら、トップにたどり着いた。10年あれば世界のトップに行くことができるものだということは、ぜひお伝えしたいですね。

【桃谷】もしかすると今のデジタル技術を使えば3年で可能だったかもしれないし、今後は3年でやらなければトップになれないかもしれませんね。

【今岡】いずれにせよ言えるのは、好奇心を持ったうえで「正しいストラテジー(戦略)で没頭」することでしょう。

日本ではデジタル人材の不足が叫ばれていますが、育て方は確立されてきているので、あとは自由闊達に動き回ることができる環境が必要です。私は入社以来20年あまりNECを中から見続けてきましたが、この4、5年は確実に文化が変わってきていて、変わることを拒みがちな旧来の日本企業から脱しつつあることを実感しています。

【桃谷】こうした組織へ変遷してきた経験についても、コンサルティングサービスとして提供しています。

NECが持つあらゆるコンポーネントとそれを束ねる力を、デジタル社会の進展のために役立てていきたいですね。

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