日本企業の弱点である「トップの弱さ」

【田原】日本は年功序列でこうしたエリート人材が日本にやってきても、せいぜい年収1000万から。中国やヨーロッパだったら2000万、3000万からが普通で、日本で働くメリットはないという。

【冨山】そうです。それが普通です。そのため、日本型企業の論理と彼らは合わないんですよ。

【田原】いまの世界的企業と日本の大企業の差は人材だけなんだろうか。

【冨山】もちろんそれだけが原因ではありません。アップルが復活するのは1990年代に入ってからですが、その時期はちょうど出井体制と重なっています。田原さんの指摘の通り、出井さんはインターネットの可能性は知っていました。しかし、これも日本型経営の特徴ですが、トップの力は弱い。

社長やCEOの決断だけではうまくリードできず、やたら人数が多い取締役会の根回しを大事にしないといけない時代が長く続きました。ソニー全体はまだまだ移行期で古くて大きい日本の製造業の構造を引きずったままだったからです。

【田原】アップルのスティーブ・ジョブズは、あまりにも経営者としてうまくいかないから1回、アップルをクビになるんだけど、ちょうど復活して、新しいパソコンや音楽プレイヤー(iPod)をやろうとした。

【冨山】ちょうど私がスタンフォードに留学していた1990年初頭、彼は事実上の失業状態だったんです。アップルのあとに作ったピクサーとかも当時はうまくいっていなくて、彼は終わった人だと思われていました。

ジョブズを復活させた「インターネット革命」

スタンフォードのビジネススクールには、どちらかと言うと「終わった人」という感じでスピーカーとしてやって来て、「こうやるとベンチャー経営者はおかしくなります」というような、やや自虐的な話をしていました。誰もが、ジョブズの復活もアップルの復活もないと思っていた。ところが、ここでインターネット革命が起きる。

インターネット革命が起きたのと同じ頃に、アップルが苦し紛れに打ち出したネクストコンピュータ構想、要するにジョブズが作った高い技術を活かしたコンピュータを作ると決めて、技術目当てでジョブズごと買い戻したんです。

ここからが物語の始まりで、ジョブズの経営者として最も優れていたことは、ネット時代に何をやったらクールで、おしゃれで、誰もが憧れるモノやサービスを生み出せるかということにしか関心がなかったことです。ジョブズはいろんなアイデアを打ち出しますが、すべて当たるわけもなくというか、結果は無残なもので、失敗ばかりの死屍累々です。

IPod クラシック
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iMacこそ美しいデザインと、画期的なカラー展開、それから簡単にインターネットにつながるというので大当たりしましたが、そこからはけっこう大変だったんです。死屍累々の先に、やがて2001年にiPodの第1世代が出て、のちの大ヒットの下地を作ります。ダウンロード型音楽配信サービスとしてのiTunesもサービスが始まり、さらに2007年にiPhoneが発売されてスマートフォン時代の幕が上がります。