日本3大ドヤ街の1つ、寿町。そこは横浜の一等地でありながら、120軒のドヤ(簡易宿泊所)が蠢く異様な空間だ。ノンフィクションライター・山田清機さんの著書『寿町のひとびと』(朝日新聞出版)より、“若くて美人”と評判のある帳場さんのエピソードを紹介しよう——。(第2回/全2回)

※本稿は、山田清機『寿町のひとびと』(朝日新聞出版)の第六話「帳場さん二題」の一部を再編集したものです。

こんなドヤは、少なくとも私が知る限り他にはない

バプテスト教会からセンターに向かう通りに、Y荘という一風変わったドヤがある。どこが変わっているかといえば、玄関口にちょっとした花壇が拵えてあり、「和気あいあいY荘」というイラストの入った手作りのポスターが貼ってあり、玄関ドアの横にはこれまた手作りらしく、白いペンキを塗った椅子とテーブルがあり、テーブルの上に灰皿が乗せてある。

山田清機『寿町のひとびと』(朝日新聞出版)
山田清機『寿町のひとびと』(朝日新聞出版)

殺伐とした雰囲気が支配的な寿町の中で、この楽し気なY荘のエントランスは明らかに異彩を放っている。理由は単純と言えば単純で、ここの帳場には「若くて美人」と評判の女性が座っているからである。

帳場さん(簡易宿泊所の管理人)の名前は清川成美という。帳場の前の通路には椅子がいくつか置いてあって、常時、何人かの住人が清川の親衛隊よろしく陣取っている。清川が不在の時は来客に応対するし、清川に何か頼まれれば喜々として手伝いをする。要するに、花壇もイラスト入りのポスターも白い喫煙場所も、Y荘の住人が作り、世話をしているものなのだ。こんなドヤは、少なくとも私が知る限り他にはない。