会長に「さんづけ」上下にとらわれないコミュニケーション

人材育成においても、事業会社経営に必要な人材の育成は事業会社に任せる一方、経営人材や専門職能人材の育成は持ち株会社が行うなど役割を明確に分けている。

時代環境の変化に応じてグループの資源の最適配分を可能にする遠心力と求心力のバランス経営の仕組みは同社が独自に生み出したものである。しかしハードだけで機能するものではない。そこに魂を吹き込むには社員の意識改革を促すソフトの戦略も不可欠だ。

その一つが前述した「旭化成グループ人財理念」の浸透だ。そこでは、全社員に求める行動として「挑戦し、変化し続ける」「誠実に、責任感を持って行動する」「多様性を尊重する」――の3つを掲げ、リーダーに対しては「活力ある組織をつくり、成果をあげる」「既成の枠組みを超えて発想し、行動する」「メンバーの成長に責任を持つ」――の3つを求めている。

これらは新たにつくりだしたものばかりではなく、同社に受け継がれてきたDNAも含まれている。たとえば不況に遭遇しても石化事業や住宅事業など数々の新分野に挑み続けて成功させた「挑戦する心」は同社の持ち味でもある。また、上下にとらわれない自由闊達なコミュニケーションも同社の強みである。それを象徴する事例の一つが40年以上前から続けている「さんづけ」だ。

「たとえば当社の会長に『山口会長』といったら、いい直させられるのです。山口さんと呼びなさいと。役職名で呼ぶことはないので、たとえばひねた感じの部下と上司がよその会社を訪問すると、そこの会社の人からはどっちが上司かわからないとよくいわれます」(辻田部長)

そのほかにも社内での中元歳暮の廃止、役員の子弟の不採用など上下関係にとらわれない風土が伝統となっている。ユニークなのは「先輩のいうことに反対せよ」だ。

「私が入社したときに課長から『先輩のいうことにまず反対しろ、理由は後から考えればいいんだ』といわれたのです。普段から、人がいうことが本当に正しいかを自分なりに考えて、持論があるならちゃんと展開しなさいということです。それ以来、私も結構いいたいことをいってきていますし、逆に自分の意見と違う、異論をいってくれる部下が好きですね」(辻田部長)

上下に関係ない自由闊達な雰囲気だけではなく、人を育てる姿勢を示す象徴的な事例だ。それはリーダーに求める行動のうち、活力ある組織づくり、メンバーの成長に責任を持つ――の2つを掲げていることからもうかがえる。

さらにもう一つの「既成の枠組みを超えて発想し、行動する」には「過去の成功体験にこだわっているといずれ失敗するかもしれない。リーダーは常に既成の枠組み、組織の壁や立場を超えて行動してほしい」(辻田部長)という思いがある。

分社・持ち株会社制は同じ社員を別会社に転籍させる荒療治である。前述したようにややもするとセクショナリズムに陥り、グループの一体性を傷つけるリスクを伴う。しかし、そのリスクを防止する独自の経営スタイルの構築と同時に、再構築した同社のDNA(人財理念)の徹底した浸透を図ることでグループの一体性を強化してきた。少なくとも同社の業績面で見る限り、02年度は減益に陥ったが、持ち株会社に移行してからは着実に業績を伸ばしてきている。

しかし、他の企業が旭化成と同じ経営スタイルを模倣してもうまくいくとは限らない。長年築き上げてきた“従業員主権”の土壌の有無が大改革の成否を握っているように思える。