「中小企業経営にも少子高齢化現象が起きているのが実情です」。弁護士の今井多恵子氏はそう指摘する。中小企業経営者の約75%は60歳以上。50%は「自分の代で事業をやめるつもり」で、うち28.5%は後継者難が理由。後継者が決まっているのは、全体のわずか約12%だけである(※)。
親族内、親族外、いずれにしても首尾よく承継を果たすには、計画性が重要だ。今井氏は続ける。
「事業承継というと現オーナーの年齢に目が行きがちですが、後継者の年齢に着目するのが実は有効な方法です。将来を考えれば、やはり後継者がまだ若い40代のうちには引き継ぎたい。十分な育成には5年~10年は必要といわれますから、逆算すればいつ頃から準備をすればいいかが見えてきます」
そして準備すべき必要性やタイミングがつかめたら、次に行うべきは「見える化」と「磨き上げ」。これは、M&Aによる事業承継の場合も同様だ。
「見える化」を行うことでトラブルを未然に防ぐ
「『見える化』とは、経営状況や経営課題の把握です。現預金や株式、土地、設備といった資産の把握は第一歩。加えて、知的資産やノウハウ、人脈といったものの見える化も重要になります。企業活動は、実は目に見えない資産に支えられている部分も大きいものです。そしてもう一つ大事なのが会社の理念。これをできる限り明確にして共有していかないと、後継者の代になって思わぬトラブルが生じてしまいます」
実際ある例では、後継者がそれまでとはまったく違う理念を掲げたため、承継後も株主だった先代および他の親族が解任した。それを後継者が不当だとして、訴訟にまで発展したという。
経営者とともに理念までが変わると、従業員たちのモチベーション低下を招くこともある。見える化の一環として、外部の人材の協力を得ながら従業員に職場や仕事への考えをインタビューする取り組みなども有効だ。従業員がどこにやりがいを感じているか、逆に不満を持っているか──。これを知ることは、経営課題の把握に直結する。
そして、次の段階は「磨き上げ」。これは事業承継に向けた経営改善だ。
「多くの中小企業で、定款や株主総会・取締役会議事録、就業規則の不備が見られます。また取引先との契約書を更新していなかったり、法改正に未対応のままだったり。見える化で浮上した課題を是正し、より魅力ある会社にする作業が磨き上げの基本です」
その基本を固めたうえで、商品やブランド、顧客との関係、ノウハウなどの質を向上させ、“継ぎたくなる”会社、“買いたくなる”会社をつくり上げることが求められる。
親族内承継、M&Aで知っておくべきこと
親族への事業承継は、一般的に相続とも関係している。中小企業の経営者は、事業資産が大きくなりがちで、これを例えば事業を継ぐ長男にまとめて相続させると他の兄弟姉妹とのバランスが悪くなり、遺留分の主張など遺産分割を巡る紛争にもつながる。
「とはいえ自社株をみんなで分けたのでは、後継者が会社の舵を取りづらくなるでしょう。そこは『遺留分に関する民法の特例』もあるので、専門家に相談なさるのがいいと思います」
平成30年度税制改正により、事業承継税制が大きく改正されている。自社株の相続や生前贈与では、事業承継税制の優遇措置を使うことも考えられる。このほか、現経営者が自社株信託を利用するのも一つの方法だ。
一方、身近に後継者がいない場合はM&Aが選択肢となり得る。会社の売却は、自身の第2の人生の資金づくりにもなり、また親族への分配もしやすくなるだろう。
「M&Aの効果としては、合併の相手または買収先とのシナジーにより業容が拡充する可能性があります。新経営者はドラスティックな変革で事業を発展させてくれるかもしれません。逆に、古くからよく知っている取引先とのM&Aでは、技術力などの資産を有効に活かしてくれるでしょう。ただし、旧知である分、売却交渉で強気に出にくいかもしれません。また、いくら長い付き合いでも秘密保持契約をはじめ、法的な手続きは欠かせません」
会社は我が子も同然
承継は大事な成長機会
いざ事業承継を本格的に始めるとなれば、やはり専門家のサポートが必要だろう。普段世話になっている税理士などが詳しければいいが、そうでない場合も多い。専門家と上手に付き合うコツはあるのだろうか。
「最初の段階から、考えていることはすべて伝えることをお勧めします。もちろん具体的な要望が整理されていないことも多いでしょうが、できる限り率直にやりとりする。そうすることで、専門家にはできること、できないことが見えてきます」
経営には数字やルールだけで割り切れない「思い」も伴い、先に述べた会社の理念もかかわってくる。それを専門家に伝えることも、後悔を残さない承継を実現するためには大切だ。
半面、とりわけ身近に後継者がいる場合は、思いが高じすぎて「こだわり」「固執」にならないよう気持ちの切り替えも必要である。
「現経営者が承継後のことに口を出しすぎ、承継プロセスの最中に後継者と喧嘩になってしまうこともあります。それでは後継者のやる気が削がれてしまいます。承継するとは、次世代に任せることであり、次世代なりのやり方でやるしかない、と理解を示すことも大切ではないでしょうか」
自ら築き上げてきた会社──それは我が子も同然である。「だからこそ事業承継を、子どもが一段と大きく成長するための出発点ととらえてはどうか」と今井氏は言う。
多様な視点が求められ、苦労も多い事業承継だが、それが子どもの成長機会だとすれば、“親”としては全力で取り組むよりほかにないだろう。
(※)日本政策金融公庫総合研究所資料より(2016年)。