親の財産をどのように受け継ぐべきか。また、財産を子や孫にどのように渡していくのか。相続は思いと税制、法律が絡み合う難しいテーマだ。円滑に進めるためのポイントを、司法書士の児島充氏に聞いた。
児島 充(こじま・みつる)
K&S司法書士事務所代表

司法書士。2008年の開業以来、地域密着型の司法書士として日々活動するかたわら、一般向けの書籍執筆・監修なども積極的に行う。監修・執筆協力した書籍に『身近な人が亡くなった後の手続のすべて』(自由国民社)など。

あなたの全財産はいくらになりますか――。こう尋ねられたとき、すぐに回答できるだろうか。銀行や証券会社など複数の金融機関の口座に自宅、賃貸マンションなどの収益不動産、経営している会社の未上場株式、住宅ローンなどの借入金……あらためて整理しようとすれば、さまざまな財産を持っていることに気づくだろう。人生を重ねれば、財産の規模が広がり、管理が複雑になる。ましてそれが親の財産ともなれば、いっそう整理に手間がかかるのは想像に難くない。

相続手続きに詳しい司法書士の児島充氏は「相続財産の調査は、場合によって相当な時間がかかります。財産の整理を生前にしておくことは、万が一相続が発生した際に残された家族の負担を軽くし、財産の分け方などについて落ち着いて話し合えるだけの余裕をつくります」と指摘する。

「ひょっとして、わが家も」という相談が増えている

相続といえば、残された財産を巡り親族が争う「争続」トラブルや、相続税の負担などが頭に浮かびやすいが、実際にはどの家にも起こる事柄だ。しかし親や自分が亡くなったとき、どのように相続の手続きが進められるのかを具体的に想像できる人は少ない。生前にしておくべき対策も不十分で危機感に乏しい。その一因は、「相続への準備はお金持ちのするもの」という意識にあった。

しかし、相続税の課税範囲を実質的に拡大した2015年度以降、相続税の申告件数は増加している。特に都市部に不動産を保有している世帯への影響は大きかった。東京国税局の2016年の相続税課税割合は12.8%と、相続が発生した人のおよそ7人に1人が課税対象となっている。児島氏の事務所にも、これまでとは異なる相談が舞い込むようになってきたという。

「税制改正によって『ひょっとして、わが家も相続税の対象になるのかも』と心配をされて足を運ぶ方が増えてきた印象です。ただし、基礎控除額を超えても全員が相続税を納めるわけではありません。小規模宅地等の特例や配偶者控除などを適用し、相続税が発生しないケースは多くあります」

小規模宅地等の特例とは、被相続人が暮らしていた住まいや、経営していた店など事業用の不動産、もしくは貸し出していたマンションなどについて、敷地面積や被相続人との続柄などで一定の要件を満たした場合に限り、土地の課税価格を減額できる制度だ。

「小規模宅地等の特例には細かな要件が多いため、税理士などに助言を受けることをお勧めします。例えば2世帯住宅の場合でも、親が2階、子が地上階で分けて区分登記していた場合は適用されません。区分登記を解消して親子で共有持分にするなど、適切な手続きをしておくことが大切です」

話し合える期間は基本的に10カ月

身近な人が亡くなり相続が発生すると、やるべきことは多岐にわたって発生する(下図)。なかでも時間がかかるのは、やはり財産の調査、そして遺産の分け方の話し合いだ。

身内での利害調整は一度もめると和解まで時間がかかりがち。さらに遠方で暮らす家族の場合は、顔を合わせて話し合うのも月1回ペースなどになってしまう。納得のいくまで話し合って結論を出すという選択肢もあるが、原則は「死亡を知った日の翌日から10カ月以内」に遺産分割協議を終えて相続税の申告をしなければならない。この期間に協議がまとまらない場合は、本来は特例や控除などを適用し相続税をゼロにできる場合でも、いったん相続税を納付しなければならなくなる。

相続財産が主に不動産や美術品、株式などで、評価額は高いものの手元に現預金がない場合は、納税資金確保のために財産を売却するという選択肢も現実味を帯びる。

「特に経営者は注意が必要です。会社が好業績であればあるほど、所有している自社株式の評価が上がり、かえって相続が困難になることも考えられるからです。株式は経営権が絡むので、簡単には分割もできません」

非上場の中小企業の事業承継においては、一定の要件を満たせば株の譲り渡しにかかる贈与税や相続税の納税を猶予、免除する制度が施行されており、2018年度税制改正ではさらに拡充されている。

複数の専門家がチームを組んでベストを探る

「繰り返しになりますが、相続はご本人と家族が“わが家の課題”としてとらえ、早めに動くことが肝心です。認知症などにかかると、実際に相続は発生していなくても思うような対策や準備はできなくなります。手始めに財産を一覧できる目録をつくっておくことをお勧めします」

財産につき、家族に金額までつまびらかにする必要はないが、「万一の際はあの引き出しに財産目録をまとめたメモがある」などと情報のありかを伝えておくと、その後の手続きが円滑に。

「7、8行の銀行口座で細々と分けて預貯金を保有している人もいますが、相続が発生するとすべての金融機関で手続きを行う必要が生じます。口座を減らすだけでも残される家族の負担は減らせます」と児島氏。余裕があれば、口座の整理もしておきたい。

「相続は税務や法務、書類集めなどさまざまな専門性と、故人と家族の思いが絡み合う、非常に難しい手続きです。だからこそ、各分野のプロがチームを構成し、それぞれのベストを探ることが重要。資産管理なら金融機関、税務なら税理士、手続きなら司法書士と、相談の入り口はさまざまですが、パートナー選びにあたっては、家族の事情に耳を傾け、外部と連携したチームを組めるネットワークがあるかを見極めましょう。そして、普段から家族間でコミュニケーションを取っておくことが大事。パートナーとのやりとりをスムーズにし、全員が納得できる円滑な相続につながっていきます」