家族経営の一軒の食堂から、国内外に25店舗を有する飲食企業へと成長した「矢場とん」。長時間労働、低賃金のイメージが強い飲食業界に、新たな風を起こした、その改革方法とは?
Background
・スタッフの遅刻、無断欠勤が常態化。急務だった、社員の「人間教育」。
・長期雇用を実現させるため、理念と経営の一体化推進が先決だった。

名古屋名物みそかつの「矢場とん」はなぜ離職率が低いか

飲食業界は人手不足のうえに、苦労して確保した人材が定着しないという悩みが大きい。実際、宿泊業・飲食サービス業の離職率はほかの産業に比べ断トツである。そんな中にあって離職率9%と極端に低い、定着のよい会社がある。名古屋名物「みそかつ」を売りにする矢場とんである。現在、本拠地名古屋を中心に、レストランや持ち帰り専門店を国内で23店舗、台湾に2店舗展開している。

経営改革後の2001年に出店した「名古屋駅エスカ店」。人通りの少ない場所だったが、店外での呼び込みなどの創意工夫で好スタート。改革のシンボル的要素の強い店でもある。

矢場とんも20年ほど前まではご多分に漏れず、離職率の高い飲食店だった。3代目となる鈴木拓将社長と姉の藤下理恵子常務が経営に携わってから急速に離職率が改善。とりわけ女性の働く環境がよくなった。矢場町本店で小さな子どもを育てながらフロアに立つ菊次(きくつぎ)結花さんのような女性は、かつてなら出産前後は働き続けられなかっただろう。

ある日の夕方、矢場町本店の休憩室に、結花さんと夫の亮太さん、そして間もなく1歳半になる子どもの家族3人の姿があった。この日は亮太さんが休日だったので、保育園に迎えに行ってきたという。

結花さんは2011年に高校を卒業し入社。会社説明会で女将(社長の母)の「少しでも自分を変えたいと思ったら、ぜひうちに来てほしい」という言葉が胸に響いた。

矢場とんには1度、食べに来たことがあり、スタッフがニコニコしていて元気がいいという印象があった。

入社すると、みっちりと基礎をたたき込まれた。

「お客様が座ったら、なぜ水ではなくてお茶を出すのか。誰かを自宅に招いたらお茶かコーヒーを出すでしょう、といったところから教わりました」

矢場とんのスタッフは、お客がメニュー選びで困っていると感じたら、積極的に声をかける。そんなところも見習った。

「ひれとんかつは脂身が少ないので、女性の方には人気ですよとか。食べ終わった後、『ひれにしてよかったわ』と言われると嬉しいですね」