生命保険業界で人工知能(AI)の導入が相次いでいる。営業力の強化や事務の効率化が狙いで、人手不足感が強い保険業界では、生産性やサービスの向上の切り札としてAIの利用が広がりそうだ。富国生命保険は2017年1月、医療保険の給付金支払いの査定業務にAIを導入したと発表したが、そこには富国生命ならではのAI活用のノウハウが存在した。
富国生命でAI導入を進めてきた保険金部部長の八田高氏。

「“ワトソン君”は100%完璧ではありません」

「周囲は“ワトソン君”をチェスのチャンピオンやテレビのクイズ番組でチャンピオンを下したスーパーコンピュータのように語りますが、私は“地頭のいい”中堅社員を採用したつもりで活用しています」

富国生命保険相互会社でAI導入を進めてきた保険金部部長の八田高氏はこう語る。

“ワトソン君”とはIBMが開発した「IBM Watson Explorer」で、データを分析し、傾向や関係を明らかにしながら、情報の探索、分析、解釈を支援するソフトウェア。1997年に、当時のチェス世界チャンピオンのガルリ・カスパロフ氏に勝利したIBMのコンピュータ・システムであるディープ・ブルーに次ぐプロジェクトで、医療、オンラインのヘルプデスクやコールセンターでの顧客サービスなどでの活躍に大きな注目が集まっている。

富国生命では給付金の支払い査定部門で「ワトソン」を活用し、査定のプロセスだけで人員の50%、査定部門全体では30%をこのシステムに置き換えることに成功した。

「ワトソン」の導入から運用に至るまで陣頭指揮を執っている八田氏は実は、ITの専門家でもなんでもない。人事畑一筋、15年やってきた男だ。だから普通のIT担当者とは発想が全く違う。

「“ワトソン君”だって100%完璧ではありません。間違います。それを人がカバーしながらやっていくという発想からやっているんです」

八田氏が「ワトソン」を“ワトソン君”と呼ぶのも「社員と一緒に働いてほしい」という思いからだという。

「AIが人の仕事を奪うなんて言われていますが、そんなことはない。みんながやりたくないような単調な仕事を人に代わってやってくれるありがたい相棒なんですよ。それをわかってほしくて」

富国生命が「ワトソン」導入に踏み切った大きな契機となったのは生命保険業界で発覚した保険金の不払い問題だった。2006年に発覚した保険金の不払い問題で金融庁からはほぼ全社に業務改善命令が出され、対応を迫られた。

そこで「給付金IWFシステム」「多重チェック」などの導入をはじめ、検証を行うための支払監査室や案内を行う案内チームを新設。システム化と人員の投入の必要性に迫られた。富国生命は保険金・給付金支払い業務や保険の支払い査定における請求書の整理などで40人程度だった人員を2008年ごろから3年間は派遣社員などで160人まで増員、その後6年間は派遣社員を期間限定での直接雇用に切り替えた。

「しかし、2017年3月には大量に雇用期間が満了になってしまう。すると支払業務で請求書を査定する人がいなくなってしまうんです。それでは業務が全く回らなくなる。かといって新入社員を採用して人手不足を補うには、教育に時間がかかってしまう」