かつてのサイバーエージェントは、事業を撤退するたびに退職が相次ぐという状態で、年間の退職率は30%ほどだった。そこで福利厚生などについての社員からのリクエストにこたえ、安心を確保する制度の整備を進めた。だが、それだけでは、退職者は減らなかったという。難度の高い挑戦に本気で挑んできた社員にとっては、福利厚生がしっかりしているというだけでは、撤退時の気持ちの切り替えができなかったのである。

サイバーエージェントはこの問題をいかに克服したか。そのカギは「挑戦をいかにうながすか」だった。挑戦する社員の目を、感情的な報酬に向けさせる。このアプローチによってサイバーエージェントの高かった退職率は低下していった。

感情的な報酬とは、非金銭的な報酬である。たとえばサイバーエージェントには、8人の取締役のうち2人が2年に1回入れ替わる「CA8」という制度がある。取締役を外れる人は降格なのかというと、そうではない。サッカーチームであれば、オランダ戦だとこういう布陣、韓国戦だとこういう布陣と、対戦相手によってチームを変える。それと同じように、事業戦略を次の2年間にどのように進めるかを踏まえて、その都度ベストなチームをつくる。これが「CA8」である。取締役を外れて、新会社を担当することの方が、価値が高いということもある。再度取締役となることもある。

このように、金銭的な報酬とは別のところで、挑戦と挫折のなかでの気持ちの切り替えをうながしていく。これが感情的報酬であり、「CA8」の他にもサイバーエージェントには、感情的報酬につながる制度がいくつもがある。

社内アントレプレナーであれ、スタートアップであれ、その果実をものにしていくために有効なのは、手近なところに実行可能な活動を見いだし、素早く動き出しつつ、そこから生じてくる事態に向き合い、目標を柔軟に変更したり、新たな見通しを立てたりする行動である。ここで紹介してきた例は、サイバーエージェントが社内に確立してきた制度の一端にすぎない。

何よりも重要なのは、これらの制度が社内アントレプレナーやスタートアップに必要な行動を、そこに挑む人間の感情を踏まえて、合理的にうながしていくものとなっていることである。人間の行動や感情を無視した合理性からは、人の集団としての企業の活力は生まれない。

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