2014年鬼籍に入った「日本最後の映画俳優」高倉健。3回忌を迎えた今年、高倉健の貴重な取材音源が『高倉健ラストインタヴューズ』として書籍化された。紙幅の都合で収録できなかった「秘話」を、ノンフィクション作家の野地秩嘉氏がお届けする。第1回は「音楽」。高倉健は音楽で感情を高ぶらせて演技をする俳優だった。『鉄道員 ぽっぽや』(1999年)では、亡くなった元夫人・江利チエミが歌う『テネシー・ワルツ』が使われた。そのとき高倉健が抱いた感情とは――。(第1回、全3回)

高倉健映画の音楽の選び方

高倉健映画の見どころというか、聴きどころは音楽だ。

高倉健映画の聴きどころは音楽だ。

たとえば『冬の華』だ。クロード・チアリが奏でるギターのインストメンタルナンバー、『秀次のテーマ』はなんとも物悲しい。物語は、服役を終え更生しようとした主人公、加納秀次(もちろん高倉健)がふたたび人を殺してしまう不条理さをたどっているが、メロディを聴いているだけで悲劇の予感を抱く。

『夜叉』ではジャズ・ハーモニカ奏者のトゥーツ・シールマンスのメロディがやはり悲しい。

どちらも「静かな旋律を大切にしよう」と決めたのは降旗康男監督である。降旗監督は「映画にとって音楽は命」というくらい、音楽選びには時間と手間をかけていた。クロード・チアリが録音する時にはスタジオにつきあい、朝から晩まで丸一日、横で聴きながら指示を出していたという。このように、いったん、音楽にこだわりだすと映画監督の仕事は増えるのである。

また、同映画のラストに流れるボーカルナンバーの『ウィンターグリーン サマーブルー』はオリジナルだ。ゴダイゴのタケカワユキヒデが作曲し、作詞は奈良橋陽子。ジャズ歌手の大御所、ナンシー・ウィルソンに歌ってもらった佳曲である。ナンシー・ウィルソンはライブでも好んで同曲を歌っているから、本人も気に入っているのだろう。

高倉健の映画を語る時、本人、監督の降旗康男、撮影の木村大作といった絵作りに関係する名手だけが取り上げられることが多い。しかし、美術、小道具、音楽、スタイリスト、ヘアーメイク、スチールカメラマン、宣伝、映画事務、配車、ドライバー、ケータリングといったスタッフもすべて一流の人間たちだ。しかも、高倉健が指名しているスタッフも少なくない。こういうところにも金をかけ、丁寧な作り方をしているのである。

撮影所で一流ではないのはスタッフに強要して高倉健のサインをもらいに来たスポンサー企業の関係者くらいだ。撮影所やロケ地にはそういった、一流とは言えない、ごく普通のおじさん、おばさんがときに紛れ込んでいる。高倉さんはそういう人が紛れ込んできたのをよく見ていて、態度のデカいやつには絶対にサインしないし、あいさつもしない。