事実上の核保有国である北朝鮮に対して、日本はどのように対応すべきなのでしょうか。核戦力を取り除くために地上部隊を投入した場合、初日だけで100万人以上の犠牲者が出るとの予測もあり、地上戦は現実的ではありません。国際政治学者の三浦瑠麗氏は「半島情勢は事実上、『封じ込め』に移行しつつある。過去15年間、効果がなかった『対話と圧力』路線と決別すべきだ」と指摘します。プレジデント社の公式メールマガジン「三浦瑠麗の『自分で考えるための政治の話』」より、抜粋記事をお届けします――。

軍から議会へのレター

安保については、現実主義に立つことを戒めとしている私ですが、巷を賑わす浅薄な主戦論には、正直、怒りすら覚えます。お花畑の一国平和主義が無責任であるのと同様に、無責任な好戦主義は同様に罪深いものです。北朝鮮をめぐる戦争とは、いかなる様相を呈するのか。この点に想像力を働かせることによって、リアルな北朝鮮政策を模索していくべき時です。

先のトランプ大統領のアジア歴訪と時を同じくして欧米のメディアを賑わせたのは、米軍から連邦議員に送られたレターについての報道(The Telegraph Economist, Nov 5, "Securing North Korean nuclear weapons 'would require US ground invasion'")でした。これは、日本でいうところの質問趣意書への回答に近いものでしょうか。どこまで、米政府の「正式答弁」であるかはともかく、軍の本音を代弁していることは間違いないでしょう。その中で最も耳目を集めたのは、「北朝鮮の核兵器を確実に捕捉するためには陸上からの侵攻が必要」との箇所でした。つまり、北朝鮮の核戦力を取り除く選択肢をとる場合には、空爆のみでは無理であり、(おそらくは数十万単位の)陸戦部隊の投入が必要であると。

専門家の間では、当然、認識されてきた事実ではあります。というのも、北朝鮮の核兵器は地下施設や山の中に隠されています。その多くは、衛星写真等を通じて把握されていますが、把握されていない部隊が存在する可能性は当然にあります。それらを、全て取り除かなければ核の脅威は去らないわけですから、陸戦部隊がしらみつぶしに探すしかないというわけです。もう一点レターが言及する恐怖シナリオは、そのような、しらみつぶしの陸戦部隊の展開に対しては、北朝鮮は生物兵器・化学兵器でもって応戦するだろうということです。

今般の記事に限らず、東アジア各国に展開する米軍の犠牲者数、民間人の犠牲者数についても様々な数字が飛び交っています。いくつか例を挙げると、戦闘が通常戦にとどまる場合には、ソウル近辺で1日あたり2万人程度の死者が見込まれると言います。戦闘に核兵器が投入される場合、米国の核戦力に関する第一人者であるスコット・セーガン教授の予測として、初日の死者が100万人を超えるであろうというのです。ソウルや東京の人口密集度を計算に入れたもので、北朝鮮が直近に実験した200~250キロトン級の核兵器であれば、一発で60~70万人の死者とそれに数倍する負傷者が出るといいます。

我々が、「軍事オプション」というとき、そこで展開されるのは以上に記したような犠牲なのです。このレベルの近代戦、核保有国同士の戦争は歴史上も戦われたことがありませんから、日本人だけでなく、世界中がしっかりとしたリアリティーをもって受け止められていないのです。

「第二次朝鮮戦争」の具体的様相

万が一、「第二次朝鮮戦争」が勃発した際のシナリオについては、様々な識者が自説を展開されています。前述の、北朝鮮国内で核兵器探索・確保に絡んだ戦線が戦略的にはもっとも重要であり、熾烈を極める戦闘となるでしょう。ただ、それ以外にも予想される厳しい想定を2つほど追加したいと思います。一つは、予めプログラムされた特殊部隊による継続したゲリラ戦、もう一つが、日韓両国で行われるであろうスリーパー・セルによるテロや破壊活動です。

北朝鮮軍は、政権の存続のために存在しています。軍の目的は、国家・国民を守るためにあるというのが主権国家における一般的な理解ですが、北朝鮮の軍の存在理由は、金正恩体制の持続そのものであり、そこにはズレがあります。というのも、独裁者の生存にとって、もっとも重要な要素が軍の掌握であるからです。金正恩氏が権力を固めていくにしたがって、軍幹部を次々と粛清していったのは、自らに対して絶対的に忠誠な組織を作り上げるためです。

そして、このような独裁国家においては、軍組織も独特のものとなります。北朝鮮軍の編成についてははっきりわかっていない点も多く、実証的に論じることは難しいのですが、中国の人民解放軍をまねて政治局を配置し、政治将校に組織の隅々を細かく監視させるよう改革したという事は分かっていますし、また他の権威主義国の例から推察することはできます。おそらく、北朝鮮軍の少なくない部隊は、独立の指揮命令系統の下で金正恩氏自身もしくは限られた側近の命令だけに服する形態をとっているはずです。軍幹部による権力把握を困難にし、軍を分割統治するためです。将軍たちが統治するピラミッド型の組織というよりは、相互に情報と交流を遮断された特殊部隊の連合体のような形態となっている可能性が高いのです。

そして、ここからが重要なのですが、それらの特殊部隊は万が一米国や韓国から攻撃を受けた際には、このように動くべしという、予めプログラムされた命令を受けているはずです。北朝鮮軍は、アフガニスタンやイラクでの戦争の経緯をきちんと分析していますから、米軍が本格的な攻撃に先立って指揮命令系統を徹底的に破壊することを心得ています。いざ、戦闘が始まれば組織的戦闘は継続困難である可能性が高く、であるからこそ、自動的、自律的に作戦を実行できる体制を構築していると考えるべきです。