北朝鮮軍は侵攻作戦を綿密に計画していました。そして高度に統制された軍隊は抜け目なく正確に作戦を展開し、破竹の勢いでソウルへ向けて進撃していました。

大統領が逃亡し、ソウル市民が犠牲に

この緊迫した事態を、国防長官の申性模は自らの体面を考え、李承晩に報告しませんでした。既に、ソウル北郊の議政府市が突破されようとしているにも関わらず、李承晩は国民の不安を鎮めるため、ラジオで「国軍が北朝鮮軍をよく防いでいる。落ち着いて行動するように」と呼び掛けます。

開戦2日後の6月27日午前3時、李承晩は警護主任にたたき起こされます。何事だといぶかる李承晩に警護主任は「北朝鮮軍がソウルへ入りました。すぐにソウルを脱出してください」と告げました。

大統領官邸はパニック状態となり、李承晩も「報告を受けていることと違うではないか」とわめきながらも、警護の者に引き連れられて、特別列車でソウルから逃亡します。李承晩大統領はソウル市民を置き去りにして、自分だけはサッサと逃げたのです。ソウル市民はこの時、大統領のラジオ声明を信じ、すぐに戦火は収まるものと思っていました。

その結果、ソウルに取り残された多数の市民が犠牲となりました。「きっと大丈夫だ」とタカをくくってはいけないのです。

宇山卓栄(うやま・たくえい)
1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。個人投資家として新興国の株式・債券に投資し、「自分の目で見て歩く」をモットーに世界各国を旅する。おもな著書に、『世界一おもしろい世界史の授業』(KADOKAWA)、『経済を読み解くための宗教史』(KADOKAWA)、『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)、『“しくじり”から学ぶ世界史』 (三笠書房) などがある。
(写真=AFP=時事)
【関連記事】
北朝鮮が崩壊しない本当の理由
もしも米朝が開戦したら日本はどんな攻撃を受けるか
アメリカの「金正恩 斬首作戦」が絶対に不可能な理由
橋下徹"ソウルで実感した僕の安全保障論"
アントニオ猪木が独白「誰も知らない訪朝の理由」