教育改善を妨害した規制

山本幸三地方創生大臣は5月30日の会見で加計学園の獣医学部新設計画をめぐり、「長年にわたって新設を認めなかったことで、残念ながら日本の獣医学部の質は落ちている」と発言した。何かとたたかれている山本大臣だが、この発言は正しい。

獣医学教育の内容は医学教育とほとんど同じで、内科、外科などの臨床科目から生理、解剖、薬理などの基礎科目まで多数が並ぶ。これらの科目の講義と実習のために最低70名の教員が必要というのが基準なのだが、それだけの教員をそろえている大学はない。一方、海外の獣医科大学では100-200名の教員と補助者を配置している。要するに日本の獣医学教育システムは欧米のレベルよりはるかに遅れているのだ。

1970年代初めから始まった6年制教育実施を目指す動きのなかで、国公立大学の獣医学学科を学部に格上げして教員数を基準の70名まで増やすことが計画された。これに対して財務当局から、教員数を70名に増やす条件として、30~40名であった入学定員を70~80名に増やすよう求められた。大学教育に税金を投入する以上、費用対効果のバランスが重要という考え方である。しかし規制の壁のため入学定員増は不可能だった。6年制教育実施をきっかけにして日本の獣医学教育システムを欧米のレベルに充実しようという努力はあえなく挫折して、学部昇格も大幅な教員増もないまま形ばかりの教育年限延長が実施された。

その後、小動物臨床の市場はさらに拡大し、多くの学生がこの分野を志望した。他方、公衆衛生や大動物臨床志望の学生は減少して社会が必要とする数を供給できない状況になり、地方自治体は公務員獣医師の確保に苦労する時代が続いている。

公衆衛生や大動物臨床は希望者が少ない

供給不足の対策は3つある。第1は獣医師の数を増やすことだが、これは規制の壁に阻まれている。2番目は待遇の改善で、これはある程度行われているがまだ十分ではない。3番目は教育の充実である。学生は教育を受ける中でその分野の重要性や面白さに気が付き、就職を決めるからだ。しかし、大学は希望者が多い小動物臨床教育の充実に取り組まざるを得ず、限られた数の教員しかいないなかで公衆衛生や大動物臨床の教育の充実は必ずしも十分ではなかった。

この状況を改善するために獣医学関係者が努力したのが国立大学獣医学科の再編整備である。もし3つの獣医学科を統合すれば入学定員約100名、教員数約100名となり、現在と同じ経費で欧米に近い立派な獣医学教育が可能になる。この案には獣医学教育関係者だけでなく日本獣医師会も賛同して協力してその実現を目指した。当時の文科省は全国に設置された過剰な数の教育学部の統廃合や、「遠山プラン」と呼ばれた全国99の小さな国立大学を30程度にまで統廃合する努力を続けていた時期であり、獣医学分野の再編にも全面的に協力した。しかし、これらの教育改革の努力は大部分の大学や地方自治体の「こちらに来るなら受け入れるが、そちらには出せない」という主張に押しつぶされて、すべてが未完に終わった。

そこに再び浮かび上がったのが単独大学の改革案だった。大阪府立大学は2009年のキャンパス移転を機に獣医学担当教員数を50名まで大幅に増やすなどの教育改革を行った。当然のことながら、教員の増加に見合う入学定員の増加を府議会から求められ、それまでの入学定員40名を60名に増員することを文科省に要望した。しかし、この要望は獣医師会だけでなく獣医学教育関係者の支持を得られず、文科省は定員増を認めなかった。もしこれが実現していれば、国立大学も同様の教育改善が可能になったのだが、「規制の維持は教育改善より重要」というのが獣医界と文科省の意向だったのだ。

こうして入学定員を一人たりとも増やさないという「岩盤規制」が獣医学教育の改善を阻み、教育内容の偏りを生み、社会が必要とする分野への獣医師の供給不足を生んだといえる。筆者はこの時から規制に強く反対するようになった。