質の良いものを、早く、経済的に。そうしたニーズに徹底して応える動きが建築業界でもいっそう強まっている。鉄骨造建築の分野で注目度を高めるシステム建築とはどのようなものか──。

大スパンの建物に向き品質も確保しやすい

建物の構造体となる柱や梁、壁などの部材を標準化したり、設計や施工、アフターメンテナンスを体系化したりすることによって、効率的な建築生産を行う──。そんな“システム建築”と呼ばれる手法が、主に鉄骨造建築の分野でシェアを高めている。

鉄骨造は、広い空間をつくるのに向いていることから従来より工場や倉庫、物流施設、床面積の大きい店舗などに採用されてきた。比較的工期が短く、ともなってコストを抑えられることなども特徴で、システム建築はそうした強みをさらに追求したものといえる。

「鉄骨造の建築物が本格的に普及し始めたのは18世紀のヨーロッパ。英国のコールブルックデール橋は世界初の鉄橋です。また、19世紀に入ると貴族が温室をつくるのに鉄骨造を用いました。世界中から取り寄せた珍しい植物を育てるのに大きな温室が必要だったんです。1851年にロンドンで開かれた第1回万国博覧会の会場となった『クリスタル・パレス』も、そうした温室づくりの流れを汲む有名な鉄骨造建築の一つですね。その後に駅舎の大きな屋根も鉄骨造でつくられました」

そう説明してくれたのは、東京家政学院大学の原口秀昭教授だ。東京大学大学院建築学専攻を修了後、自らの設計事務所でさまざまな建物の設計を手がけてきた経験を持つ。

「単に大きなスパン(支柱と支柱の間の長さ)の建物をつくれるだけなく、安定した品質を確保しやすいことも鉄骨造のメリットです。鉄骨はもちろん、それを接合する仕口の部分などもあらかじめ工場で生産するため、現場での施工はそれを組み立てる作業になる。鉄筋コンクリート造だと、現場で型枠を組んでコンクリートを流し込むなどの作業があるため、どうしても技術によって品質にばらつきが出やすいという側面があります」

建築業界は、今、人手不足が最も強く叫ばれている業界の一つ。それが工期の遅れや建築コストの増加を招いているのは周知のとおりだ。そうした中で、施工についてもシステム化が図られ、熟練技術に頼らなくてもいいシステム建築が支持されるのは、ある意味で必然といえる。

工場や倉庫を建てる側の企業が、質の高い建物を短い時間で建てたいと考えるのはいつの時代も変わらない。特に今は、事業活動における迅速性への要請が高まっている。わずかな遅れで他社に先を越されることが命取りになりかねない中、“建物”についても速さが求められるようになっているのだ。

鉄は非常に粘り強く耐震にも効果を発揮

建物を“軽く”することができる鉄骨造には多様なメリットがある
原口秀昭(はらぐち・ひであき)
東京家政学院大学
生活デザイン学科 教授
1959年東京都生まれ。1982年東京大学建築学科卒業、86年同大学院修士課程修了。設計事務所を設立し、住宅や店舗、ホテルなどの設計を行う。1997年、東京家政学院大学住居学科(現生活デザイン学科)助教授。2010年より、同教授。

一方、建物への要望ということでは、近年耐久性や耐震性を重視する傾向も強まっている。災害時などにおけるBCP(事業継続計画)の策定は、中堅・中小企業にとっても大事な経営課題だ。その点でも、鉄骨造は強みを発揮できると原口教授は指摘する。

「製鉄技術が確立されて以降、長く鉄が建築材料として使われているのは、やはりそれが非常に粘り強く耐久性のある素材だから。何かあっても、建物本体が一気につぶれてしまうようなことはほとんどありません。加えて、鉄骨造は建物を軽くつくるのにとても適している。これも基本的な特徴の一つです」

鉄骨と鉄筋コンクリート、もちろん同じ体積で比べれば鉄骨のほうが重量があるが、実際に同じ規模の建物をつくった場合、鉄骨造は鉄筋コンクリート造の半分程度で済むことが多い。鉄骨なら柱や梁の断面積が小さくても十分な強度を保つことができるからだ。

「主に梁など使われるH形鋼などは、まさに鉄の特性を生かした建築部材。伸びる力と縮む力が強くかかる部分にだけ大きな断面積を持たせることで強度を確保しています。これによって部材の大幅な軽量化を図ることができる。鉄筋コンクリートや木材ではこうはいきません」

建物全体を軽くできることは、地盤や基礎の工事にもプラスに働く。重量のある建物を建てる場合は、地面に杭を打つなどの工事が必要だが、鉄骨造については「耐圧盤」というコンクリートの基礎で対応できることが多い。当然ながら、これもコストや時間の削減に貢献することになるわけだ。

設計技術の進歩も建築の効率化を後押し

建築士として多様な建物に携わってきた原口教授は、設計についても進化は著しく、それが建築の効率化を後押ししていると言う。

「コンピュータを使ったCADについても、今は単に図面を引くだけでなく、リアルタイムで3次元のモデリングができたり、材料の情報や構造の評価なども表示されたりと便利です。また蓄積したデータに基づいて、合理的な設計を即座に導き出すことも可能。敷地の面積や必要な機能などの情報があれば、基本デザインをあげることができますから、施主への提案も非常にスムーズです」

設計、部材の生産、施工など、あらゆる面で技術の進歩がイノベーションを支えている建築業界。高品質・短工期・低コストを追求するシステム建築は、その動きを最大限取り入れている分野の一つだ。ただ、そうした変化を専門外の人間が評価するのは難しい。多くの建築会社の中から自社に適した事業者を選ぶにはどんな点に留意すべきだろうか。最後、原口教授に聞いた。

「当然のことながら、実績が一番のポイント。その建築会社やメーカーがこれまでどんな建物をつくってきたかをしっかり把握しなければいけません。そのうえで、各社が建物の性能評価をどのように行っているか。ここを確認する必要があります。断熱性や遮音性、エネルギー消費など、用途によって項目はそれぞれでしょうが、きちんと定量的な評価がなされているか聞いてみるといいでしょう。建てた後のランニングコストに大きくかかわってくる部分ですから」

工場や物流施設、店舗といった事業活動の“場”が生産性や収益性と直結しているのは言うまでもない。競争力のある場づくりを目指す企業にとって、多様な建築ニーズに応えることで進化を続けているシステム建築は、ますます注目の存在になりそうだ。