「仕事で話せる英会話」の第3弾。『しごとの基礎英語』でもおなじみの大西泰斗先生に、今回は語彙と表現について解説をいただいた。大西先生がアドバイスする3つ掟を守り、学習を続けることで、必ず仕事で話せる英会話が身につくはずだ。あきらめずに挑戦しよう!
東洋学園大学教授
大西泰斗(おおにし ひろと)
筑波大学大学院文芸言語研究科博士課程修了。オックスフォード大学言語研究所客員研究員などを経て、現在は東洋学園大学教授。NHK教育テレビ『しごとの基礎英語』の講師。『ネイティブスピーカーシリーズ』(研究社)、『ハートで感じる英文法』(NHK出版)、『一億人の英文法』(東進ブックス)など、著書多数。

訳はできても話せないことを肝に銘ずべし

大西先生が第一に指摘するのは、日本語訳ができることは「話せる」ことを保証しない、という点だ。

レストランの会計を割り勘にしようという相手に対して、I appreciate that, but I insist と答える例文1を見ると、「ありがとう、でも今回は私が払うわ」と訳すのは難しくない。けれど、このように話すことができますかと疑問を呈するのだ。

「appreciate thatを『感謝します』と訳すのは簡単なことです。しかし日本語訳だけで、appreciate youとせず、that(相手の申し出)を使うことができるでしょうか。appreciateはthankと同じ意味ではありません。『価値を高く評価する』が感謝につながっているのです。目的語が相手ではなく、相手のやってくれたことになるのは当然のことです。

また、日本語訳の知識だけでは、insistもうまくは使えないでしょう。『強く主張する』と訳されるこの単語は、妥協を認めないところにニュアンスのポイントがあります。だからこそ、相手も折れているのです。日本語訳を越えたニュアンスを理解しなければ、決して表現力は会話力につながらないのです。

「日本語訳を越えたニュアンス」と聞くと尻込みしてしまいそうだが、その報酬は大きい。ニュアンスをつかめば、芋づる式にその表現のもつ幅広い使い方を手にすることができるからだ。

「I was so relieved to hear that my son is okay.(息子が無事と聞いて安心した)の文章の中のrelievedを『安心』と訳して、安心してはいけません。この単語の中核は『ホッとする』ということ。心を苛む心配事からの解放にあります。これがわかると名詞形reliefを使ったpain relief formula(鎮痛薬)、tax relief(税の控除)、relief pitcher(救援投手)などがすぐに使えるようになります。全部『ホッと』につながっているからです。What a relief!(ホッしたよ)という文も、実感と共に使うことができるようになります」

会話は英作文できない。
覚えるしかない

大西先生はまた、「いくら単語をニュアンスまで知っていても会話はできるようにはならない」と言う。

「単語数の多さと会話力が直接つながらないのは、私たちはバラバラの単語から文を組み立てて会話をしているわけではないからです。

I'm counting on you.(頼りにしてますよ)は I+am+counting+on+you.と作っているのではなく、全体がappleのような“1語”として頭の中に格納されています。だからすぐに口から出てくるのです。まとまったユニットとして格納し、まとまったユニットとして口から出す。それが会話の要諦です」

ということはユニットを増やすしかないということなのか。

「その通りです。英作文が不可能ならありとあらゆるユニットを頭に入れなければなりません。回り道のようですが、会話上達に続いているのは結局のところその道しかないのです」

それでは、ユニットを頭に入れるにはどのようなことに注意しなければならないのか。

「簡単だと高をくくることです。例えばShe is tough.(彼女は厳しい)。こんな簡単な文でも侮ることなく、必ず声に出して何度も練習すること。口から出たことのない文は実践では使えませんから」

表現のニュアンスを知り、そのニュアンスと共にユニットとして頭に格納していく。それも声に出しながら徹底的に。大西先生のアドバイスは簡潔にして明瞭なのだ。

どうせ覚え込むなら長い文章にトライ

まるごと覚える。それが使える英語までの最短距離であるとわかったが、実は覚えるにもコツがある。大西先生はできるだけ長い文を覚え込むことを推奨する。

「Sorry, but we'd appreciate it if~の例文2は、A~Eまでの5つのユニットで構成されています。Aは仮定法の決まり文句。B~Eもネイティブなら誰でもユニット化している表現です。少し長い文章も、短いユニットのつぎはぎであることがわかりますね。これらを、ひとつの文章の中で覚え込む。それが効率的な学習法です。長い文章を暗誦すれば、そこに含まれているユニットをより多く覚えることができますから」

日本語の意味を超えた英語の意味を知り、まるごと覚える努力を惜しまず、覚えるときには長い文に挑戦してみる。この3つの掟を守れば、使える英語を身につける日も近い。

(大竹 聡=取材・文 田里弐裸衣=撮影)